マイナスはプラス。

kajak in kanada

 

内容がプラスかマイナスかにかかわらず、何も経験しないより「ある」ことは貴い。それだけで。どんな出来事も経験も、いずれも自分の人生上の、糧として種として必ず残る。

どのようなかたちで記憶に刻むかは、自分次第。

つらく悲しい出来事でも、それを糧に大切ななにかに気づき、

自分自身の在り方や人間関係の築き方を見直すきっかけになるかもしれない。

そうしよう、と決めた瞬間に、きっとそうなる。

時間はかかるかもしれないけれど、いつかきっとそうすることができる。

 

最近気づいたのは、まったく経験しないよりは「ある」ほうがよいのは、ネガティブな経験だけでなく、一見マイナスの人間関係にも通じるということ。

わたしは、おかげさまで、家族をはじめ、生来ひととの縁には恵まれているほうで、いい意味でもわるい意味でも世間知らずだった。

自分なりには、悔しい思いも悲しい思いもしたし、いろんな出会いを通じてそれなりに経験も積んだつもりになっていたけど、今思えばまだまだ知らなかった。

それがここ数年、不思議と、今までなら付き合いがなかったような人たちと出会い、いっしょに過ごす機会があり。それなりに楽しかったけれど、なにかが違う。ずっと感じていた。

ある日、「なんだか、前よりまわりにネガティブな人が増えた気がする…」そんな気づきを得た。

それを受けて、先ずわたしが思ったこと。

「日頃のわたしの行いを見直したほうがよいのかな?」(見直さなくちゃ)

「わたしの、(その人に対する)コミュニケーション方法がまずいのかな?」(変えなくちゃ)

「自分が無意識にネガティブになっているのかな、大丈夫かしら」(気をつけないと)

 

何かうまく進まないとき、そのままでいることは不安になる。

そんなとき、自分自身を省みることはそれなりにはいいことだと思う。

でも、わたしの場合、結論からいうと、上記どの心配も杞憂だった。

「このひととの付き合いを通じて、また何か1つ学べる」、それだけでOKだった。

だって、見直したし、変えてみたし、気をつけたけれど、変わらない相手は変わらない。

気分屋な人もいるし、わがままな人もいるし、どうでもいいことを気にする人もいる。(他のひとから見たら、わたしもそう映ってるかもしれないけれど。いや映ってないかな〜。←どっち)

自分が選べる縁は自分の意志でいくらでも変えられるけれど、学校の同級生や仕事上のパートナーをはじめ、不可抗力で付き合わざるを得ない相手もやっぱりいる。

相手が変わらないなら、自分を変えよう!(ねじりハチマキ)

そう思って自分を努めて変えてみたけれど、やっぱり相手は変わらない。

そのうち、なんだかあほらしくなってきた。なんだこりゃ!なんのこった!(大の字)

で、いちいち自分を省みるのをやめてみた。

すっかり気が楽になったわたしに、ある日おりてきた気づき。

「そうか、ネガティブな人を通して、いろいろ考える機会をもらったんだな」

それだけ。経験はただの経験、いちいち反省しなくていい。

会わ「ない」に越したことはないかもしれないけれど、そのひととのご縁をもらったということは、何かしらの気づきが「ある」ということ。

そして、あとからその何かに気づいてその時点で省みれば十分で、その過程のなかでいちいち重く受けとめる必要はない。シンプルに生きていればいいんだなあって。

 

今日のひとこと:

こうやって書いてみると、わたし、意外とまじめなんじゃ!(自画自賛)

マイナスはプラス。」への2件のフィードバック

  1. まーちゃん

    「人間は、経験によって決定されるのではなく、経験に与える「意味」によって自らを決定する。」

    ユキさんの日記を読んで、最近読んだ本のフレーズを想起しました。
    経験したことで何を感じるか、何を学び取るかは自分自身の選択ですよね。

    あと、
     ・「これは誰の課題か?」という視点から、自分と他者の課題を分ける。
     ・他者の課題には介入しない。自分の課題には誰も介入させない。
    という言葉も書いてありました。
    ネガティブな人はどこにでもいる(自分も陥ることもある)し、付き合いを
    完全に遮断することはできない。放っておくのが一番、というのが主張。

    他人は変えることはできませんし、変われるのは自分だけ。
    私はネガティブな人に接した時、そのエネルギーを自分の中には入れないようにしています。

     ・「あの人」の期待を満たすために生きてはならない。
     ・他人からの承認を求めるために生きていると、最終的には他人の人生を生きることになる。

    承認欲求の強い私には、結構衝撃でした。

    「嫌われる勇気」という本です。

    なんか、ひとりごとみたいなコメントで失礼!

    返信
    1. 投稿作成者

      「嫌われる勇気」アドラー心理学ですね!
      承認欲求ってだれにでもあると思うのですが、ひとによってはそれが強いなと感じることも。もしかしたらだれかに認めてもらいたいという承認欲求の根っこにある人生経験がなにか、紐解けたら、「認めてもらいたい」という心の縛りから少し楽になるのかもしれないですよね。

      ブログでも取り上げてみたいテーマです(*^^*)

      返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です