日別アーカイブ: 2016年4月22日

大切なことを形にして伝える

Seaford Sheep

あー、春だね。

『お辞儀』で検索かけたらなぜか出てきたこの画像。

まあたしかに、お辞儀… 笑

 

さておき

今、ちょっと気になる広告がある。

駅に貼られた大きなポスター。

広大な神社敷地の写真。

その風景の、鎮守の森の上にこんなことばが書かれている。

 

神様は人へ伝える。

形のない大切なことを。

人は神様へ伝える。

大切なことを形にして。

 

 

いいことばだなあ。

わたし自身が今、

「大切なことを形にして伝える」

それをもっとしたいし

それをもっとしてこう

と考えていたので、これを見た瞬間はビビビッと感電した。笑

 

 

ちょっと話は脱線して。

 

自己理解を深めること、

それはすなわち

自分の「無意識」の「意識化」を進めること、

とよくきく。(きかない?)(ユングの心理学)

 

これを言い換えると、

自分の中にある思い、気づきなどを

「ことば」で表現できるようになれば

それはこころの「意識化」が進んでいるということ。

 

だから、

カウンセリングなりコーチングにおいて、

カウンセラーやコーチとのセッションを通じて

体の中で渦巻いているあいまいな形の思いを言語に表していくことにより

「今、わたしはこんな気持ちだったんだな」

「そっか、ずっとそうしたかったんだ」

「なんだ、これが引っかかっていたのか」

などなど

ざわざわ、もやもや、うじうじ、

どきどき、ゆらゆら、じわじわ、

な気持ちが「見えて」くる。「見つける」ことができる。

 

人と話してなんだかすっきりした、というのは

単に胸のうちを聞いてもらったということだけでなく

「ことば」という形にして出してみて

自分の心の意識化がまた少し進んだから

といえる。

相手に伝えるときは、同時に、自分に語りかけてもいるんだね。

 

で、話を戻すと、

・先ほどのポスターに書かれていることばを目にしてわたしのこころが反応した

・反応して「たしかにそうだな」とか「今わたしは伝えること大事にしたいんだな」とか感じた

ということは、ある種、

何気なく目にした情報にこころを動かされた自分の、無意識の意識化がすすんだ

といえるのかもしれない。

 

わたしたちは普段の生活のなかで

膨大な情報を見聞きし、瞬時に取捨選択を行っている。

その中で、ある情報が脳に飛び込んできて

なにかしら意味を持ってこころに響くということは

その出来事を味わったり省みたりすることで

今自分が大切にしたいこと、

今自分が考えていること、

今自分が見直そうとしていること、

今自分が仕掛けようとしていること、

これらぼんやりとりとめないことをもっと具体的に理解していくための、よい手立てになるんだろう。

 

無意識の意識化、

すなわち自分をもっと知ること

それは、何かを学んだり、人と話したりする中でも進むし

日々得ている情報とそれに対する自分の反応(それを見聞きしたときの感情や考えや気づき)からも進めることができる。

だから、

ただアンテナを張るだけでなく、

キャッチしたものを丁寧に手にとって眺め直したり、

受け手として、その都度濁りなくシンプルに味わえるよう自分に余白を持っておいたり、

時々はアンテナをキュキュッと磨いておいたり、

なんて心がけとくとよいのかな。

まああくまでもイメージだけど。

せっかく世界(社会)と接点をもって生きるわたしたちだから、普段から自分の感度と感性と理性を大事にして、世界(社会)から何かしら受信しながら、内省を深めて自分をよく知り、そしてまたそれをまわりに発信する。

そのスパイラルをうまくまわすことは、

自分の心がけ次第でいかようにもできるんだろうな。

 

 

神様は人へ伝える。

形のない大切なことを。

人は神様へ伝える。

大切なことを形にして。

 

ほんと、まるっと眺めても素敵なことばたちだなあ。

どんなライターさんなんだろう。気になる木。