日別アーカイブ: 2016年8月2日

むすんでひらいて

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昨年訪れた、オーストラリアでのひとこま。

まだ一年経ってないけど、

ずいぶん昔のことのように感じる。

歳かな?笑

 

海、砂浜、太陽、波、サングラス、はだし。

あたま空っぽにして、

砂浜にはだしの脚をなげて、

遠くの水平線をぼーっと眺めた幸せ。

 

さて、

今日はそんな風に穏やかではないときの(笑)

こころの見つめ方について、

個人的気づきをメモがてら。

 

何かに怒ったとき、

何かにいらいらしたとき、

何かを嘆いているとき、

何かを憂いているとき、

何かが悲しいとき、

何かがつらいとき。

 

わたしたちの心のなかには、ボールが現れる。

ふつうのテニスボールや野球ボールではない、

ちょっと変わったボール。

 

あるときは、端切れを寄せ集めたようなたま。

あるときは、丈夫な太紐をぎゅぎゅっときつく結んだようなたま。

あるときは、チェーンをがんじがらめに縛ったようなたま。

 

これ、”感情”のボール。

“反応”のボールと言い換えてもいいかも。

 

なにか出来事があったときに、

とりたてて自分の中で反応しなければ生まれないけれど、

思考の癖であったり、

いわゆるバイアスをかけて眺めたりすると、

ぽろっと心の中に生まれるボール。

怒り、悲しみ、驚き、なんらかのかたまり。

 

「あ、ボールが出てきたな」

と思ったら、

一瞬たじろぎながら、

次の瞬間にはつぶしたり投げたりしたくなるかもしれない。

蹴っ飛ばしたい勢いのときも、あるだろうね。

 

でも、まずはボールがこころの中にあることをみとめる。

それだけでいい。

認める、というよりは、「見止める」。

「あ、今、わたし反応してるんだ」、と。

 

そして、ゆっくりとほどきはじめる。

ぎゅっと固くなっていたり、こんがらっているボールを

時々もんで空気を入れながら、ゆるんだ箇所をつくり、

ゆっくりゆっくりほぐしていくイメージ。

 

絡まったネックレスのチェーンを、

指先でつまみ、手を動かしながら、

どこがほどき目かなー?とじわじわ攻めていく感じ。

 

むすんでひらいて。

 

最近読んだ本に、グーになった感情は、

パーにしてゆるめてあげるとよい、という一節があり。

なるほどなあと思いつつ、

わたしの場合は、ボールでイメージするとより気持ちがほぐれやすいなあと。

 

人によっては、

知恵の輪だったり

ルービックキューブだったり

風船だったり

いろんな「感情」「反応」の表し方があるかも。

 

大切なのは、自分の感情の見える化と、

それを客観視しながらよりフラットに落ち着けていくこと。

ボールも自分の分身のようなものだし、

可愛がりながら、でも最終的にはほどきまくればいいんだね。うしし。

 

 

今日のひとこと:

旅をして、こころに響く景色が増えると、

その心地よい音色があとあとまでよみがえってくる。

もしちょっとぐらいいらいらしても、

その時間空間を、こころの中でよみがえらせられると

途端にいらいらも帳消しになるから、

旅の充電効果ってすごいんだなとつくづく。