まっすぐまっすぐ

yakusugi

まっすぐ、まっすぐ。

 

まっすぐ立ち、

まっすぐ伸び、

まっすぐ進む。

 

しっかり立ち、

しっかり根を張り、

しっかり沈む。

 

空へ空へと枝を広げることは、

地へ地へ根を張り続けること。

天へ、大地へ。

地へ地へ根を張り続けることは、

空へ空へと枝を広げること。

大地へ、天へ。

 

まっすぐ立ち、

しっかり立ち、

今ここを生きる。

 

以前は、

伸びたいなら先ずは根を張らないととか、

やっぱり見えないとこでの努力なのかなとか、

でも上へ上へと向かう勇気も大切だよなとか、

考えていたけど。

 

今はただ、

まいにちを一生懸命過ごしていれば、

自然と

空へも大地へもちゃんと伸びてるんだって

自信と確信がある。

 

ひとはみんな、

自然界ともつながる存在だから、

言ってみれば、

まわりのいのち(たち)と同じエッセンスを持ってるんだよねきっと。

 

にんげんだけが

特別ないのちではないし、

一方で

自然界の美しさを、ちゃんとわたしたちも備えているわけで。

屋久島に根付く巨木と同じく、地球に生きる「いのち」だから。

 

だから、

無理してバランスをとろうとしなくても、

そのまま誠実に丁寧に歩んでいれば

それだけで貴くかけがえのない「いのち」として

輝きはじめているんだきっと。

 

そんなことを、近所の神社にいらっしゃる

樹齢うん百年の欅を眺めながら。

 

あー

それにしてもなんだか

時間のなかを流されて生きるだけでなく、

もっと、風のなかを流れるように生きたいなー。

 

追われるのではなく、

追いかけるのでもなく、

空におよぐ雲やら風にそよぐ木々やらのように

ただただ、漂いながら。

ただただ、いのちのままに。

 

9月9日、このブログ始めてまる一年になる。

他愛もないまいにち、

かけがえのないわたしのいのち。

 

追伸:

木が好きすぎて、木になりたい今日この頃。笑

写真は、屋久杉。

来年あたり訪れてみたいな!

 

まっすぐまっすぐ」への2件のフィードバック

  1. かかし

    ゆきちゃんこんばんは。

    ブログいつも拝見しています。
    初めてコメントします。

    高校時代のクラスメートに写真をやっている人がいて、
    ちょっと前になりますが写真展を見に行ったことがあります。

    南アジアの離島に生活する人たちを撮ったものでした。
    そこには私達のように文明の発展みたいなものは何もなくて、
    人が生まれ、家族を作り、最後に送られる、ということがずっと繰り返されてきたそうです。

    自分はよく覚えていないのですが、クラスメートが私のコメントを日記に書いてくれていました。

    「生きてゆくってとっても大変なことかもしれないけれど、でも実はそうでもなくて、ただ生きて、一生という時間を過ごして、ただそれで死んでゆくっていう、それだけのことかもしれないよね。誰に命じられて産まれてきたわけでもないわけだし」

    それぞれの時代の人達が「ただ生きる」をずっと繰り返してくれて、今の私達があるのだし、私も未来の人から見れば、「ただ生きた」になるんだろうな。

    すいませんあまりにきっと関係なかったかもです。

    それから、植物といえば、横浜のクイーンズスクエアにある大きなドイツ語の詩が好きで(ドイツ語はわからないけどw)、みなとみらい線からエスカレーターで上がってくる時に、読むのをいつも楽しみにしています。
    http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2009/12/post-10ec.html

    返信
    1. 投稿作成者

      かかしさん、

      こんにちは、コメントありがとうございます。
      わたしたちはその日常や出来事に大きな意味を持たせがちですが、地球の営みからしたら、それこそ「ただ生きる」「ただ生きた」の世界ですねたしかに!

      でも、自分やまわりのひとのいのちが、小さいながらも、連綿とつながる地球の生の歴史の一角に組み込まれることがなんだか嬉しく感じます。ドイツの詩、難しいですが素敵な響きと世界観ですね。

      返信

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