月別アーカイブ: 2016年10月

どんぐりてりてり

acorns

週末、

神社の境内でふと拾い上げたどんぐり。

ご神域だからむやみに採ったり捕ったりはしないことを理解しつつも、

なんだか無性にかわいくて、

一粒だけ『いただきます』と持ち帰ってきたどんぐり。

 

まだ緑がかった、よくいえば翡翠色の照りをしたどんぐり。

自室の棚にころんと転がしておいた。

 

今朝、

身仕度をしながら、

小さくて丸いものがなんとなく視界にはいる。

ん?

そうだどんぐり。

んん?

きれいな茶色に変わってるー!(喜)

 

いつの間に、このこの。

なんだかいのちのパワーを感じて、

朝から幸せな気分になったのでした。

 

同時に、

人間であるわたしにとっては

この間「3日間」という時間だけど、

どんぐりにとっては

単純に「色づき完了した」時間でもない空間でもないただの変化

なのだなと気づく。

 

うまく言えないけど、なんかいいな。

どんぐりの、生き方、生きざまだね。

さしずめ、

概念のなかに自分を押し込むのではなく、

自分のなかにいろんな概念が生まれるかたち。

 

どんぐりころころならぬ、

どんぐりてりてり。

 

明日、今日よりも好きになれる。

musique

ひょんなことから、ピアノを習いに。

週末、一時間ほどレッスンを受けた。

 

いやーーー

いい汗かいた。(違う)

 

衝撃のボイストレーニングから、一年の月日が流れ。

歌うことや声を出すことには

どうしても苦手意識があるので、

ちゃんと習うとかして克服したほうがいいのかな

と思ったりもしたけど。

 

でもね、

『苦手だから頑張らないと』

『できないから努力しないと』

はもういいかなって。

 

先のボイトレの場面で先生の思わぬことばに気づきをもらったような、

ふとしたきっかけのふとした瞬間の歓びを

丁寧に積み重ねていくだけで

もうそれはかけがえのない経験であり。

まだ努力の余地があるかな?ではなく、

ありのままに受けとることを自分に許したいなあと。

 

『きこえないからがんばる』(そうだよがんばらなくちゃ)

『きこえないけどできる』(まだまだ努力しないと)

はもう、お腹いっぱいだよ。

 

今の自分は十分に足りていて、

今の自分は完全に満ちていて、

今の自分は完璧に整っていて。

そんなふうに、自分が、自分を認めてあげよう。

そこから、進みたい未来、挑戦したい何かが湧いてくる。

 

で、

「じゃあ今のわたしは何をしたいかなあ?」

と思いをはせてみた結果、

「ピアノ、久しぶりに弾きたいな!」(大声)

となったわけです。

 

前置きが長くなりましたが。(前置きだったのか)

 

ピアノ、久しぶりでした。。

譜面をみて、ちゃんと音符に合わせて弾くなんてたしか中学生以来。

じつに15年ぶりぐらいのいきおい。いやもっとかな。笑

 

レッスンはface to faceで、まず挨拶と自己紹介から。

先生にピアノ歴を尋ねられ、

5歳から15歳頃まで10年ぐらいやっていたこと、

最後の発表会ではベートーベンの月光ソナタを弾いたこと、

それは第3楽章でけっこう背伸びして頑張ったことなどを。

 

「あら、上級者でいらっしゃるんですね!」

そんなふうに昔のわたしを褒めてくださり、

ちょっと照れるの巻。

現在のわたしは、すでに譜面さえ読めないなんちゃって初心者だけど。

だって、冒頭画像の音も

「うーん… ラ?」てな感じだからね。(正解はド)

 

それでも、

右手と左手分けながら指運びの練習したり、

先生に片手側を弾いてもらいながら二人で合わせてみたり、

とにかく譜面を読みながら、同時に指を動かして、鍵盤のうえで音を奏でていく。

 

うおおーなつかしすぎる!

むはあーたのしすぎる!

クラシックをやりながらも、

頭のなかはポップスとロックの世界。カオス。

 

自分の指の先から部屋に響くピアノの音と、

自分の指の先から身体の内に伝わるピアノの音と、

自分と、自分の指先と、ピアノとがたしかにつながり響き合う感覚と、

どれもこれもきもちよかった。

 

幼少時にピアノを習っていてよかったなと思うのは、

ピアノの鍵盤とそこから奏でられる音のイメージが今も身体のなかに残っていること。

それはどういうことかというと、

聴力が落ちて音楽を耳にしてもなかなか歌詞やメロディーが掴めずとも、

鍵盤のイメージをみて、その歌がなんとなくわかる、ということ。

 

 

たとえば、

最近だと、GReeeeen(e多いかね)の「キセキ」。

いい曲らしいと知りつつも、よく知らない。

そんなわたしが、どんな曲かなあと思ったときに先ずすることは、YouTubeでこう検索。

『キセキ(曲名)(スペースあけて) ピアノ』

 

で、以下のようなコンテンツを見つけて再生してみる。

 

ご覧いただくと分かるように、音を聴く+見る感じなのです。

 

声が入ってないから

メロディーと歌詞の符号は推測になるけれど、

曲のもつ旋律の美しさとかリズムのとりやすさも、

感音性難聴のわたしにとっては

楽曲を味わううえでの大きな比重になるので、

まずはまるっと味わえればおっけ。

 

あとは、

ピアノ曲の場合、人の声が入っていないぶん

純粋なメロディーをとりやすいというか

音そのものに集中できるのもよい。

 

で、これに耳が慣れたら、

実際のMV見に行ったり、声入りの曲を聴いたり。

そうすると、ただ楽曲を聴くよりも

予めメロディーや音の高低のイメージがついてるので

より歌をつかまえやすいというか。

要はピアノを使って予習している、のかも。

 

歌番組で披露している場面を見かけて好きになるパターンもあるし、

こんな風にリサーチした結果はまるパターンもあるし、

でも共通しているのは、どの楽曲も耳ざわりがよいこと。

なんていうのか、そのときどきの自分の耳とこころに心地よく響く音。

逆にいえば、そのときにぴんとこなくても

あとで「あ、この曲いいな」と突然はまることも多いし、

好きなアーティストであっても、耳ざわりがよくなければあまり聴かない。

 

なんだかんだ、音楽が好きなのです。

 

まあ、きこえない人の中でも

ちょっと独特のアプローチかもしれないけれど。

独特なのは今に限ったことじゃないしねえ。(他人事)

わたしなりの音の楽しみ方がどんどん見つけられて、これまた楽し。

 

いやーーこの歳でピアノ再開とは!

次はなにかな?ダンス?(ターンしながら)

今年もきんいろの木に

nonametree

昨日金曜日の朝。

いつものように

駅までの道をてくてく。

 

道ばたの雑草的草花が

通りすぎた車が起こした風に一瞬そよぎ

まるで首を振るかのようにゆらゆら揺れたり。

どの木もどの草も

生えたての新しい葉があって

緑のなかにも初々しいやわらかい緑にみとれたり。

 

あまり寝起きはよくないので

ぼーっとしている朝だけど、

自然を目に入れながら鼻で味わいながら

少しずつわたしのこころもからだもあたたまっていく。

 

ふと。

鼻をくすぐる甘い香り。

 

ん?

あ、

きんもくせいだ!

 

うおっほほほとなぜか少し興奮しながら

思わず姿を探して目をきょろきょろさせてみるも、

視界には入ってこない。

歩を進めながら、わー久しぶりに嗅いだなあと嬉しくなる。

なにせ今週は鼻水ノンストップウィークだったから余計にね。余談だけど。

 

通常、草花のにおいは「香る」と表現してるけど、

きんもくせいって、そこにはまらない少し独特の佇まいがあるような。

「薫る」がふさわしいようなそんな感じ。

小学生?の頃に読んだ湯本香樹実さんの本だったか、

きんもくせいのことを

『きんいろの木』とたとえている場面があって。

「うん、たしかにきんいろの木だー」

と嬉しくなった覚えが。

あれはなんの本だったかなあ。

 

きんもくせいといえば。

 

生まれたときから参拝している地元の神社に、

天然記念物のきんもくせいがある。

なんでも最高齢のご長寿きんもくせいなのだとか。

あるというか、いらっしゃる。(敬語)

 

そのきんもくせいが花を付けるのが、毎年9月半ば頃。

そして、毎年すこし間をおいて、

二度目の開花があるようだけど

母いわく、「今年はどちらもいつもより一週間ぐらい早かったわねえ」と。

 

毎年こんな風に

天然記念物きんもくせいさんの話題がでて、

ああ今年も秋が来たんだなって実感するんだよね。

参照: 金木犀だより

 

そして

今日土曜の朝。

なんとなく目覚めがよかったので、

いつもの朝食時間の前に

ふらりと散歩に出かけてみた。

 

昨日薫ったきんもくせいのことが頭にあったので、

自然と足はてくてく神社に向かう。

 

鳥居をくぐると、

ちょうど、今日式を挙げる和装の新婚さんが

参道で記念写真を撮ろうとしている。

「おめでとうございまーす」

と言いながらいそいそと横を失礼して。

池の中にきらりと光る金色の鯉に

おやおやと見とれていたら、

いつの間にか近くにいた鳩に出くわし

ひとりびびったりもして。(鳥苦手)

 

いやー

人の少ない境内は気持ちがいいですね。

清浄な空間に、身もこころもすっきりとした気持ちで

手を合わせさせていただき。

そして、いそいそときんもくせいさんの元へ。

 

なんていうか、

ここのきんもくせいは御歳1200さいだし、

花も葉も枝ももうパワーは少ないかもしれない。

 

でも、周りにいわゆる子どもたち、孫たちも育っていて

とてもあたたかくて優しい表情をしているような。

それでいて、

真摯に生き続けている威厳なのか重みなのか、

思わず頭を下げたくなるような眩しさも。

 

まさに、きんいろの木だね。

たとえていうなら

おじいちゃんのしわくちゃのあたたかい手のような

そんなエネルギーかなあ。

 

この姿をみるたび、

いのちをつむぐこと、

いのちをつなぐこと、

いのちを生きること、

大事にしたいなあといつも背が伸びるのです。

 

10月も下旬。

だけど思いがけずきんもくせいの薫りに、

そしてその姿に、癒され、力をもらった。

 

聞こえが悪いとそれだけで気持ちも落ちるけど、

なんだか自分のなかの「いのち」に

あたたかい風を吹きこんでもらったような気持ち。

ありがとうございます。

一歩、一歩、自分にうそをつかずにまた一歩。

うし。

 

Half full or half empty?

kame

ここ1ヶ月のあいだに読んだ本は

著者もジャンルもばらばらな10数冊なのだけれど、

数日前に読んだ本にも取り上げられていたし、

今日読み終えた本の中でも触れられていた

あるフレーズが。

 

Is the glass half full or half empty?

 

この秋、講演会などの場で聞いたのも含めると、

これで三度目だな。

いや、ざっくり聞き&斜め読みなわたしが気づくぐらいだから

本当は四度五度目ぐらいなのかも。笑

 

これはご存じのかたも多いかもしれないけど、

コップに半分まで水が注がれていて、

それに関する問いかけ。

わりとよく知られているらしい。(よく知らなかったわたし)

 

「このコップには、半分入っていますか?

それとも、半分空っぽですか?」

 

そのときに

半分も入っている、と思うか

半分も空っぽ、と思うかの違いは

つまり

同じ物事でもいかようにもとることができるとか、

ポジティブに受け取るのもネガティブに捉えるのも自分次第、

といったメッセージがあるのだけど。

 

数年前のわたしなら、有無を言わさず

フル!フル!(能天気)

と答えていたと思う。

 

今はどうかなー

空っぽでもあるよなあと思案したのち、

(The glass is) just half-watering.

なーんて思うかもしれないな。

 

ふあー

なんだかお疲れ気味なので、

思う存分ふかふかの布団にくるまって

昼夜問わず寝ていたい気分。

ますます秋ですね。(まとめた)

 

 

ひこうきこわい。

tree

以前、留学も考えていたくらい、

もともと海外滞在は好きなわたし。

 

でも、ひとつだけ、

渡航するにあたって

ゆううつで苦手なことがある。

 

それは、飛行機でのこと。

 

乗るのがきらいなのではなく、

降りるのがきらいなのでもない。(そりゃそうだ)

乗っている間は寝たりゲームしたり字幕版あれば映画見たりとゆるゆる過ごすし、それもだいじょうぶ。

 

一言でいうと、

離着陸の際の気圧変化がだめ。

 

乗り物内での気圧変化については、

難聴の有無にかかわらず

平気なひとと苦手なひとがいるみたいだけど。

 

わたしは小さい頃に、

比較的高い山への登山も

ドクターストップがかかっていたために

遠足をお休みしたこともあるぐらいには、

鼓膜等の耳の状態が気圧変化の影響を受けやすい。

今はだいぶ慣れたけれど、

昔は新幹線のトンネルも耳が圧迫される感じがしてつらかったもんなー。

 

なので

今でもドクターストップと言わないまでも、

耳へのリスクが結構高い飛行機。

 

本当は乗らないほうがよいのだろうし、

実際、20代の頃は控えていたこともあった。

 

でもまあ、死ぬわけじゃないしね!

 

控えていてもきりがないので、

回数はあまりこなせないけれど

ある種の割りきりを持って乗るように。

 

とは言え、

耳が痛くていたくてだね。。

 

離陸時よりは、着陸時がきつい。

とくに、成田に降り立つ便は毎回しんどいかも。

鼓膜の痛さと、その後の聴力悪化の度合いが。

 

今回も、

日本に到着してしばらくして痛いのは治まったけど、

右耳が相変わらずきこえないままである。

ずっと耳栓とかヘッドフォンしてるような感じ。

 

さっき、

『もしや電池切れ?(ポジティブ)』

とひらめいていそいそと変えてみたけど違った。笑

まああと数日、様子を見てみよう。(適当)

 

今回の旅行中、

カナダ国内でも移動のために飛行機に何度か乗ったけど

これほどの痛さや聴力低下はなかったのになー

日本の場合は地形の都合で急降下するとかあるのかな?

よく分からないけど。

 

それにしても、

今後技術がもっともっと発展しても、

もうしばらくの間は

飛行機と気圧変化

という地球の自然界の現象は変わらないのかな。

そう考えると、やっぱり地球ってすごいね。(そこ)

 

ああひこうきこわい。

着陸に向かう飛行機の中で、はにわのような表情をした脱け殻化している人がいたらそれはきっとわたしです。

 

ペットボトルがひしゃげるように、

体内の『圧』が下がったままと思われるので、

今日は仕事終わりにジム寄って、

ちょっくら活性化してこよう。

ポンッと抜けたらいいなあー。

ほかほかのお風呂も楽しみだ。よだれ。

ただいまにっぽん

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ただいまにっぽん。

帰国した空港の「おかえりなさい」の文字にじーんとし、

帰宅した我が家のあたたかい便座にじんわりとし、

なによりなにより

ベストフィットな自分の枕の寝心地にうっとりとし。

いいねえにっぽん。

 

おにぎりもおいしいし、

味噌汁なんて格別だし、

言うことないよにっぽん。

 

写真は、バンクーバーで訪れた

ビクトリアにあるガーデンのひとこま。

ちっちゃなトラックの荷台に

もふもふとした緑の芝が盛られているのが

かわいくて思わずパチリ。

 

I love this!

とさわいでいたら、

You are so artistic.

といったようなことを、同行してたカナダの友人に言われた。

そう?(ご満悦)

 

ロレンシャンの紅葉もきれいだったなー

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いろんな景色と、その彩りを見られた旅でした。

 

今回の旅では

トロント、モントリオール、バンクーバーと

カナダ間を横に移動したけれど、

現時点いちばん寒いのがバンクーバーとは意外。

 

そしてバンクーバー、

一日の気温が10~15度前後なのに

こんなに花咲いてるのはすごい。笑

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春は春で、また違う景色がみごとらしい。

すてき。

 

さて。

日本の秋は、これからが本番だね。

あーきのゆーうひーにー

てーるーやーまーもーみじー♪(熱唱)

 

 

行ってきます。

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担当していた大きめのイベント仕事と

そのラップアップも無事に終わり、

10日間ほどの秋休みを頂いて

ちょっとそこまで出かけてきます。

 

というわけで、

今はパッキング中。

 

パスポートよし。

カメラよし。

ウィンドブレーカーよし。

機内用クッションよし。

 

そうそう

これを忘れちゃいけない。

補聴器の電池よし。

 

本当は、あともうひとつ、どうしても持っていきたいものがあるんだけど、ううーん。

前回のオーストラリア・ニュージーランド旅のときも持っていった、旅の仲間なんだけど、ううーん。

 

今回は、夏旅ではなく秋冬旅のため

スーツケースに詰める衣類がかさばるので、

泣く泣く連れていくことを断念しなくてはならなさそう。

(と言いつつ、諦めていない)

 

それは、枕。笑

整形外科で、自分の首に合う仕様で作ってもらったので安眠必至なんですよこれ。

ああ連れていきたい。(苦悩)

 

そんな感じで、あまり進んでいない旅の準備でした。

 

では、しばしの間、行ってきま~す。

おっとサングラスも入れなくちゃ。