月別アーカイブ: 2017年1月

ネムノキ、ネムの木、おねむの木

Ficus umbellata

我が家には、

天井までつきそうな

大きなおおきなウンベラータがいる。

 

部屋のなかの観葉植物、いいよね。

さわやかな空気感になるし、

いのちの存在感もある。

 

うちにはいないけど、なんとなくネムノキの話。

 

ねむのき、ネムノキ、合歓の木、ねむの木、ネムの木

いろんな書き方があると思うけど

「ねむの木」とか「ネムの木」って

どことなく、その木が眠そうでかわいい。笑

「ねむのき」「ネムノキ」はもう少し記号的だもんね。

 

このネムノキの言い方ひとつとっても

表し方やその見方ってひとによっていろいろで、

ことばを使うわたしたちは

本当人間味溢れていていいなあ

とほっこりするのです。

 

名は体(てい)をあらわす、とよく言うけれど

それと同じかそれ以上に

ことばは体(てい)をあらわすなあとつくづく。

 

日々発することばが、わたしをつくる。

日々発することばが、わたしを形づくる。

日々発することばが、わたしの世界を彩る。

日々発することばが、わたしの世界となる。

 

人を人たらしめる「ことば」だから、

自分の口から、こころから、発することばに

責任を持って生きる人間でありたいなあと思うのです。

 

なんの困難もなく、なんの問題もなく、

今日も目の前のあなたと「ことば」を交わせること、

ただそれだけに

こころからの感謝を込めて。

 

あら、ネムノキの話が、なぜか真剣モードになってしまったな。笑

 

思えばいつも流れてきた

仕事始め早々、

わりに重要なプレゼンがあり。

一気にアクセル吹かして始動。

 

無事に終わり、ほっとするの巻。

ほっとすると、お腹がすくの巻。

遅めのランチに、あんまんを頬張るの巻。

あんまんといえば、小麦粉でできてるの巻。

 

というわけで、

案の定、腹痛発生。笑

 

分かっていたけれど、美味しかったしまあいいか。(よくない)

 

この週末は、

海外在住の友人が一時帰国しているので会いに行ったり、

久しぶりのピアノレッスンを受けたり、

あまりの冷え込みに勢いでコートふたつも買ったり、

自由気ままに過ごしております。

 

そうそう、

ここ数ヶ月、ちょっとしたマイブームがある。

それは、知らない街で本屋に寄ること。

 

ちゃんと数えたことはないのだけど、

おそらく年間 約150冊ぐらいは本を読んでいるわたし。

200冊は、うーんいかないかな?

でも、思えば、研究生活を送っていたときより

今の方が本を読むし、本屋にも寄るなあ。

 

で、これまではもっぱら

東京駅近くの丸善をはじめ、

お気に入りの本屋によく出没していた。

 

ところが

この週末もそうなんだけど、

あまりよく知らない街の、そこそこ大きめの本屋に寄ると、

どこになにがあるかまるで知らないので、

知らず知らず、普段目にしないジャンルやそのタイトルが飛び込んでくるわけで。

 

そうすると、

えっ、これ面白そう。

なんだろう、ちょっと気になる。

このトピックス、もっと知りたいなあ。

てな具合に、好奇心がむくむく駆り立てられるわけです。

普段なら手にしない本をいくつかお買い上げしてしまうわけです。

ちなみに今回わたしが買ったのは、

カメラと、米粉と、ストレッチの本です。笑

 

そしてふと、これって

脳にも同じことがいえるよなあとひらめく。

本屋、イコール、さまざまな情報としてみると、

わたしのしていることは、

たくさんの情報を、ちがう視点で眺めること。

世界は「ひとつ」だけど、場を変えるだけで見えかたががらっと変わる。

世界は「おなじ」だけど、わたしが変わるだけで感じることががらっと変わる。

 

 

おまけに、

もうひとつひらめきが。

 

知らない街のはじめての本屋に行くにしても、

なんらかのきっかけは必ずある。

流れがあって、そうなってるということ。

 

さらに言えば、

カメラの本が通りすがりに目に入って、

いつものわたしなら素通りなのだけど

その時思わず手にとったのは、

その日会ってた友人と、

「写真撮るの楽しいよね!」

「昔はまってたとき、どうやって勉強したの?」

「本読んで独学だよー」

と話していたのがなんとなくよぎったから。

 

そんな感じで、

今回わたしは

海外在住の友人に会いに行ったことがきっかけで、

はじめての本屋で、

不意にカメラの本をゲットしたわけで。

これからカメラにはまるかは分からないけど、

なんとなく楽しそうで、わくわくしている。

 

きっかけは、なにげないこれまでの「縁」「つながり」がつくってくれる。

流れるままに、だけど、ちょっとだけ違う波に飛び込んでみる勇気。

そんな意識を持っていれば、

きっともっと新たな世界が楽しめるんだなあ。

 

思えばわたしは、いつもこんな感じで、

のらりくらり流れながら、

でもちゃんと自分の足で歩きながら、

お!面白そう。わ!楽しそう。

というのに都度都度反応しながら、ここまで来たなあということを改めて自覚したのでした。

またひとつ、無意識の意識化が進みましたぱちぱち。

 

さらにアグレッシブに

まったく知らない人との交流会に行ったり、

未知の領域に飛び込むやり方もあるのだろうけど、

たぶんわたしには、このぐらいのスタイルが合っているんだな。

個人差はあるかもだけど、

自分にとって落ち着く、でもわくわくするやり方がいちばん。

うーん、面白いねえ。

 

 

 

いのちのきいろ。

labrador

クリスマスの日に

我が部屋に飾り始めたひまわりが、

まだ一輪、げんき。

 

(指折り数えながら)

おー、ちょうど10日目ぐらいなのね。

 

冬は、夏よりは生花が長持ちするけれど、

そうは言ってもげんきに咲いていてくれるのは

なんだかほっこり嬉しくなる。

 

なぜクリスマスにひまわりだったかって、

赤と緑(と白)に染まる街のなか、

ひまわりの黄色が

元気いっぱい個性豊かな光を放っていて、

なんとも嬉しくなってしまったから。

 

黄色は、わたしにとっては

かけがえのない「いのち」のいろ。

もともと元気をもらえる色だけど、

光が溢れるとますます輝きはじめる、「いのち」のいろ。

 

まだうまく言えないのだけど。

わたしたちはみな、

からだを、こころを、生きている。

だけどその前に、

「いのちを生きる」

そんな原点をふと思い出す色、

それがわたしにとっての黄色。

 

きいろ

が強まると

きんいろ

だもんね。

またいつか機会がくれば、したためてみたいなあと。

 

 

さて。

今日は、帰省していた妹も自分の家に戻り、

なんとなくさみしいわたしたち。

 

そんな空気のなか、

母いわく、

「あれだけゲーム三昧だったのだから

このまま止めるのではなく

ちゃんと整理体操をしておかないとだわね!」

いや、単にあなたが好きなだけでは、、

 

というわけで、また今日もゲームを少し。笑

 

あーー、お正月満喫したな。

明日から徐々に平常運行へゴー。

 

追伸

今は我が家にはワンコはいないけれど、

家族が揃うと、自然と思い出されるもうひとりの家族。

いつかまた犬を飼うことがあったら、

写真のレトリーバーとかもいいな!

 

Just on My Road

oshiruko

ここ数年は

お雑煮お代わり人間だったけど、

今年は

お汁粉が美味しくてぱくぱく。

 

さて、

昨日はモノポリーで破産したため

ふてくされていたわたしですが、

今日はウノが絶好調のため

ごきげんなわたくしめであります。

初詣効果かしら?

どうも、ウノの神様がおりてきているようだ。笑

 

2017年、どんな年にしよう。

歩きたい道。

進みたい道。

拓きたい道。

 

数年前までのわたしは、

それらの道は

仕事を変えるとか、あるいは、また新たな勉強を始めるとか

そんなアクションを機に

新たな進路を目の前に一本、また一本と増やしていくイメージを持っていたけれど。

 

新たな道を見つけるのでは、なかった。

 

わたしたちはもう

とっくにそこに立っていて、

目の前にそれはまっすぐまっすぐ延びていて、

ただその自分の道をどのように「歩みたい」か、

それだけでいいのだと。

 

仕事の道とか、

学校の道とか、

資格の道とか、

家庭の道とか。

昔は、

これらのさまざまな「道」を並行して歩み、

それらを総合して人生を形づくるような感覚だったのだけど。

 

今は、

「道」そのものはオリジナルの一本道でよくて、

その道を、日々、自分らしく歩むことが、

道、つまり、人生を創ることであるんだなって。

 

ということは、

何かを選択することは、

道を決めることではなく

どのように歩くか。進むか。を決めること。

 

たとえば

今のわたしが大学に行くことを選択したら、

それは

研究者の道を選ぶことではなく、

人材育成の仕事をしながら、何か研究テーマを深掘りするという道を新たにつくること。

たとえば

今のわたしがまたダンスを再開したなら、

ダンスを趣味にする新たなひとつの道ができるのではなく、

あるひとつの道を歩んでいるわたしがもっと軽やかにステップを踏めるようになり

はたまた

ダンスをしていることでまた違う人とのご縁ができて、道に拡がりがでるかもしれない。

そういうことなんだね。

 

なぜかは分からないのだけど、

わたしは、いつの間にか、

「道」とはいくつもあるもの

「道」とは選ばないといけないもの

「道」とはそのときそのとき決めて行くもの

というイメージが出来上がっていた。

 

もちろんそういう見方をしていてもよいし

10代や、20代前半の頃は

たくさんの道を歩いてみることが

あとあと可能性を広げることになるかもしれないけれど、

今のわたし(30代たけなわ)は、

自分をその見方や歩み方から解放し

卒業するときがきたみたいだなって。

 

目指すビジョンに向けて、

意思を込めて、一歩を踏み出す。

感謝を込めて、歩みを進める。

わたしの道を、わたしらしく歩く。

 

大切なことは、

どんな道を歩みたいかではなく、

どんなわたしがこの道を歩むか。

「道」も、「わたし」も、わたしが決められる。

既成のものはない。

自由なわたし! 自由な道!!

 

ちょうど1年前の今頃、

Road to 2017 と表現したこの道。

ひとつの節目を迎え、

さあどんな顔して歩こうかな。(にこにこ)

 

2017. 1. 1

otoso

明けました、わっほー。

 

おもちを焼いて、

おせちを食べて、

わいわいゲームをして、

富士山眺めて。

 

また

おもちを焼いて、

おせちを食べて、

わいわいゲームをして、

富士山眺めて。

(以下続く)

 

うーんお正月だね。

いま、新しい年を迎えられたことに感謝。

 

また新たな日々。

 

今年はこのブログも、

短くてもいいから、

整えてまとめることよりも

まめにゆるく綴れたらいいなあと!

 

おせちも、お豆、いっぱい食べたし万端です。

まめまめまめまめまめ(呪文)

 

旧年中はお世話になりまして、ありがとうございました。

本年も、よろしくお願いいたします。