月別アーカイブ: 2017年2月

湯気、水紋、日曜の午後。

suimon

小さいときから、

たちのぼる湯気を

ぼんやり見とれるのが好きだった。

 

お茶でもお味噌汁でもお風呂でも、

何でもどこでも。

 

この週末、温泉へ。

 

土曜日は仕事だったので

その疲れも癒しがてら。

すっかり春めいてきたけど、身体は冬の冷えを残していますね。

そんな身体にじんわりと効く、やわらかなお湯。

うーんとろける。

 

お風呂大好き人間なので、

温泉でものんびりまったり。

年期の入った檜の浴槽のふちに腰かけ、しばしぼんやり。

あああ至福。

 

あたたかさも相まってふわふわとしている

わたしの目線の先にはやっぱり湯気。笑

 

水面をさーっと走る、湯気。

真っ昼間だから浴場も明るい。

窓からの光に照らされて、ほんのり白さも際立ってきれい。

うーん幸せなひととき。

 

そして、

自分の身体からじんわり広がる水紋が、

浴槽のふちに跳ね返って無数の水紋に

なっていることにふと気づく。

 

やわらかな水紋を無限にかたちづくる水面と、

そのうえを走るふわっふわの湯気と。

 

なんだろう。

鼓動、というほど

はっきりしたものではないけど

自分のなかを流れる脈々としたいのちの流れみたいなのを感じて、なんだかうれしくなったり。

 

なんでこんなに湯気が好きなのかは

相変わらずよくわからないけど、

湯気もお湯も満喫して

最高の日曜日の午後でした。

 

水って美しいなあ。

 

あーー、温泉大好き。

 

週末わっしょい

goron

ごろーん。うれしい週末!

 

まめに更新しますと宣言すると、

仕事が途端に忙しくなる現象は、なんなのさ。笑

 

はたまた、

「何かがこれから忙しくなる」という予感が

「何かに(この場合はブログ)せっせと取り組まないと」という気持ちに駆り立てるのだろうか

なーんてことを思ってみたり。

 

よくわからないのだけど、

でもたしかに直感ってありますな。

 

それにまつわる小話をひとつ。(誰)

 

今日はこのあとお友だちに会ってランチなのですが、

日程を決めるときに

はやく会うならこの日だけど、

「なんとなく」今日がいいなとリクエストしたわたし。

結果、今ちょっとわたしが困っていることについて

いちばんよく対応を知っているのが彼女なので、

今日会えることになっててとても助かったという。

 

もっと言えば

はやい方の日程で会ってても

まだその「困った」現象は発生しておらず

関連する物事も動いていないタイミングだったから、

やっぱり今日でよかったという。

 

すべてはちゃんとまわっているんだなあ。

そして

そんな風にまわっている日々のなか、

そのど真ん中にいるのは「わたし」であるという嬉しさ。

これにつきる。

(主体性を発揮するとかいうのは、おそらくこのあたりの感覚なんだろうね)

 

日々一生懸命営んでいるわたしのからだと、

毎日一所懸命はたらいているわたしの脳と、

常々そこに流れているわたしのこころと。

 

“思考”が行動をうむけれど、

“感動”もまた、行動の原点なんですよね。

静かな水面に一滴たらしたときに

静かにその周辺に波及していくように、

何かがまわっていくときのまん中には

なんらかのエネルギーがあるわけで。

 

いまのわたしを支えている、

「インスパイアされたことば」

「訳もなく心にじーんとくること」

「大笑いしたこと」

「なんとも幸せだなあと感じたこと」

はなんだろう?

 

それをちゃんとポケットに入れておこう、

日々生きるわたしから、波及できるように。

 

今日のひとこと:

今日の内容にタイトル付けるのむずかしいなーと頭をひねった結果、こんなありさまに。笑

 

 

脱ゆきだるま?

snowman

立春とは、名ばかりの寒さ。

 

いろいろな検査結果や生活習慣を意識したところ、

耳鳴りであったり

きこえの悪さであったり、

どうもわたしの耳の状態には

からだの「冷え」は良くない影響があることがわかってきた。

 

なので、

以前より半身浴の時間を長めにしたり、

毛布を天然絹素材のものに変えてみたり、

週末は湯たんぽといっしょに過ごしたり、

あの手この手を楽しんでおります。

 

で、「冷えない」ことを前提にすると

冬の服装ってぶくぶく着ぶくれてきますね。

 

なんか、気がつけば、

リアルゆきだるま。

リアルにゆきがだるま。

 

春に向けて、少しずつ軽めの素材もまといたい!

と言いつつ、

電車下りたら寒かったので、とりあえず明日はまた着ぶくれそうです。笑

 

大豆から小粒納豆へ。

bike

うむ。

お正月に、まめに更新しますと言いながら、

おおまめ(大豆)並みの更新になっておりますねこれは。

ううむ。

 

というわけで、

本日から一週間これでいきます。

その名も

「小粒納豆は今日もぴかぴかつやつや粘ります更新」!

 

なんだそれ。

要は、まいにちの連続更新、やってみます。

数文でもいいから、来週日曜までまいにち書くぞ!(おー)

 

普段平日はどたどたしていることもあり、

「これ伝えたいなあ」とか

「この発見面白い、まとめてみよう」といった具合に

なにか書きたいこととその思考がまとまらないうちはあまり筆をとらないひとなのだけど。

そんな中でも、何かを書いてみる。

どんな感覚が生まれるかなあ、たのしみ。

 

それにしても、

うーん納豆食べたくなってきた。(そこ)

 

どこまでもいのち。

kirakira_eda

言わずと知れた、

木が大好きなわたしですが。

 

わりと知られていないのは、

冬の木がけっこう好きだということ。

ふふふ。(怪)

 

まっぱだかの、潔さにしびれるのかな?

粛々と寒さに耐え忍ぶ、我慢強さを尊敬するのかな?

来る春に向けて、日々蓄える眩しいエネルギーに嬉しくなるのかな?

 

どれも正解。

 

そしてもうひとつ、

わたしが冬の木が好きなわけ。

 

それは、空を見上げたときにとくに感じいる。

空の隅々までめいっぱい張り巡らす繊細な枝たち。

どこまでもいのちに満ち、

どこまでもいのちを満たす、

一所懸命に生きるそのすがた。

 

その佇まいに

青々と葉を茂らせる季節とはまた違う、

木の凛とした生きざまを感じるのです。

 

冬の空の下、

どこまでもいのち。

 

旧暦新年

fujisan

迎春。

 

新暦新年も好きだけど、

旧暦新年はもっと好きかもしれない。

2017年は、1月28日が、

旧暦の元旦にあたる日だったんだよね。

 

風に薫るほのかな春の訪れと同期する、旧暦のお正月。

はじまりを告げる、柔らかな陽のひかり。

新たな旅立ちに向け、何もかもが緩やかにほどけてくる季節。

 

本格的な春はまだ先だけれど、

たしかにその先に控えているダイナミックな息吹きを感じられて

期待と嬉しさになんだかわくわくしてしまう。

 

ぐっと冷え込む冬のさなかに迎えた新暦新年のあと、

きもちゆったりと、身も心も少しずつほどきながら迎える旧暦新年。

ダブルでめでたいね、いいねいいね。

 

というわけで(?)

母の誕生日祝いも兼ね、

1.5日のお休みをいただいて行ってきました、

お伊勢さん。

たまたまながら、大安の朔日(ついたち)詣ともなり。

うーんきもちよかった。(大きな欠伸をしながら)

 

伊勢は何度か訪れているけれど、

前回訪れたのは、たしか式年遷宮のちょっと前。

なので、遷宮が行われたあとの

新しい拝殿に詣でるのは今回がはじめて。

 

なんていうか、

「改める」「改まる」ってすごいなあと。

わたしたちが以前詣でた場所には、拝殿はもうなくて、

お隣の敷地に、何事もなかったかのように鎮座されており。

 

場を変えること

ステージが変わること

そこに立つ自分が変化していること

そんなことを、いつも以上に感じながらの参拝でした。

 

それにしても。

何かを変えよう(もやもや)とか、

なんか変わりたい(うずうず)とか、

そんなきもちが

ふと芽生えるということは、

そのあと

目に見える変化が一見して起こらなくても、

もうすでに、

目に見えないレベルでは少しずつなにかは変わっているのかもしれないなと。

 

変わりたいな、と思う気持ちがよぎった時点で

「日常」はもはや「日常」ではなくなるから。

 

普段の生活に違和感が膨らむ人もいるだろうし、

アンテナ(チャンネル)が違う所に向くこともあるし、

好きなことorきらいなことが以前と異なってくることもあるだろう。

 

新たな未来に意識が向かうと、

自分(のこころ)には

もう以前とは違う変化が起こっているわけだから、

遅かれ早かれ

今ここでの、人との縁や居場所や取り組むことに小さな変化が生まれはじめるわけで。

 

だから、

変わりたいなと漠然と思うときに、何をするか。

 

それは

 

「変わることを決める」

 

それに尽きるんだなあと。

 

それを加速させたければ、

 

「自分は変わる!」

 

これを、強くつよく肚に決める、それだけ。

 

生きるって、

いろいろ考えはじめると複雑そうだけど、

とことん突き詰めるとシンプルなんだなって、

そんな原点に立ち返った伊勢旅行でした。

 

母へのささやかなお祝いが

自分にとっても英気養えたひとときに。

 

「改めて」気持ちの引き締まる、すてきな時間と空間でした。

おかげさま、お伊勢さま。(合掌)