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ほぼまん丸の夜、ふとおもうこと

 

今宵も月がきれい!

明日は、満月なのね。

今日ももうじゅうぶん、丸いねえ。

 

みなさん、どんな秋をお過ごしでしょうか。

わたしは、しっぽりと、芸術の秋でもたしなもうかしら

なんて思っていたのは、どこ吹く風。

結局今年も、食欲の秋をおおいに満喫しております。

 

今、なんとなく好きなこと、なんだか楽しいこと。

  • スプーン1杯のマヌカハニーをゆっくり味わうこと
  • ながれる雲をながめながら、空をゆっくりと見上げること
  • 納豆やキムチにオリーブオイルをかけて食べること
  • 英会話で、「やっと秋だね!日本の秋はいいね!」とむじゃきに喜び合うこと
  • ヨガをしながら、胸・背中いっぱいに呼吸をすること
  • 道を訊かれたら、全身全霊でじっくり説明すること
  • れんこんを細くスライスして、フライパンでカリカリに焼いて食べること
  • 妹が調合してくれたバスソルトを入れたお風呂に浸かること
  • よく晴れた日に、大きめのシーツを物干し竿いっぱいに干すこと
  • ドラマ「相棒」が大好きな父にちょっかいを出すこと(おもに水曜夜)
  • 「そうだこれについて知りたい」とひらめいたら、その足で図書館や本屋に駆けこむこと
  • 買ってきた本のカバーを外し、ページのしなり具合も味わいながら読むこと
  • 英会話で、たまに話がつうじなくてよい汗をかくこと
  • ふとんの柔らかな重みに感謝しながら、眠りにつくこと

 

うーん、生きてるねえ。

自分を、生きる。

いまを、生きる。

「人生がときめく片づけの魔法」の著者:近藤麻理恵さんが、物を選ぶ際に『ときめく』かどうかを基準にすると仰っていたように、

日々の行動や次にやることも『ときめく』とか『わくわくする』とか、自分のこころを基準に選んでいくとやっぱり心地よいんだなあと実感。

 

いまここを、生きる。

当たり前のことだけど、

仕事中心の生活のなか、どこか置き去りになってしまっていた

そんな大切な感覚を、もう一度ひとつひとつたしかめている、

どこかまんまるく幸せな秋の日々です。

(ついでに、体もまるくなりそう。)

 

長めの夏休み中。

 

こんにちは。(ニュースキャスター風にうやうやしく)

えいやっと、15年続けた仕事を辞め、

7・8・9月と長めのお休みをいただいています。

 

よ〜し、ゆっくり休むぞ(るんるん)と思ったのもつかの間、

なんという暑さ・・・

暑い夏でしたねえ。

 

しかも、そんな猛暑の中、エアコンが壊れ。笑

あわや熱中症(火照るからだ、遠のく意識)

というところで、大家さんのご好意で

ハイパワータイプの新エアコンにそっくり替えていただき

ひからびたからだもこころも、なんとか潤いを取り戻しました。

 

冬の寒さの折にも二度修理に来てもらったぐらいには

お墨つきのぽんこつだった旧エアコンだったので

まあガマンにガマンを重ねたわけです。

 

最後は「一刻もはやく変えてください」と強く依頼をした結果、

同じ会社の同じ機種の新品ではなく

たまたまその日に手配できたという他社のハイパワータイプになる

といううれしいおまけ付き。

おかげさまで、心地よい日々になりました。

 

いま、長い夏休みを過ごしているわたし。

10月からまた働くのかというとそうでもないのだけど、

7・8月にのんびりしながら見聞きしたこと経験したことから、

この9月、思いがけず、「次にのぼりたい山」が見えてきた。

 

それはきっと今までもそこにあった山だけれど、

仕事を無我夢中でこなす日々のなかでは

雲に隠れていてまったく見えていなかった景色で。

15年の登山を終え、まったりと下山していたら

いつの間にかもやが晴れて、どどーーん!と出現した感じ。

 

そしてわたしは、今、その山を目の前に、

頂上にのぼることだけではなく

その道みち、どんな木々や花々に会えるのか、

はたまたどんな空気が味わえるのか、

歩を進めるなかで、どんなうつろいゆく景色を目にするのか、

のぼり続けるわたしのからだにはどんな筋肉がつくのか、

わくわくどきどきしながら準備体操を始めた、

そんな心持ちなのです。

 

結局

自分自身が「どうありたいのか」「どんな自分でいたいのか」を

幸せなきもちで胸にとめてさえいれば、

日々の浮き沈みや紆余曲折はあるけれど

「なんだか楽しそう」「これをしてみようかな」といった

お題というか行動のきっかけは自然に出てくるのだなあと。

そして、小さなことでよいから

それらに対してトライエラーを続けていると、

自分がこころに抱きしめている大切なそのビジョンに向けて

進むべき道筋・のぼるべき山が立ち現れるものだなあと。

 

(ぽんこつエアコンが、一転、

ハイパワータイプに替わってより快適になったように。笑)

 

暑い夏も終わり、秋のはじまりですね。

一人ひとりにとって、すてきな秋になりますように。

 

 

Green, Green, Greeeeeen

ううう、緑がほしい。(切実)

 

絵の具の色のはなしでもなく、

家のなかに観葉植物がほしいというはなしでもなく、

 

ただただ

 

山に行って

落ち葉のまじった土をざくざく踏み締めて

木漏れ日浴びて

森のかおりを鼻腔から掃除機のごとく吸い込んで

遠くに見える富士山に「こんにちは、また会いましたね」と挨拶をして

 

フレッシュな酸素を全身に満たして

空にぷかぷか浮かぶ雲の行方をぼーっと眺めて

頂上のごつごつした岩に腰かけておにぎりを頬張って

水もちびちび大切にいただいて

 

妙齢な木々の幹に手のひらをそっとあてて

生きててよかった!と全力でつぶやいて

登り以上にせっせとはりきって、

下山して。

 

ついでに

 

終わったあとの温泉と乾杯があれば

もう言うことないですね〜〜

 

あああ酸欠だ。

 

 

近々、隙をみて奥多摩に行ってこようかな!

 

 

リアル書き初め

 

2018年。

新年明けまして、おめでとうございます。

 

みなさまにとって

豊かで実り多き一年でありますように。

 

今日は、家族で書き初めを。

 

姿勢を正して、

筆先に

たっぷりと墨を含ませて

真っ白な半紙に

筆を走らせる。

 

どんな字を

どんな字画で

どんなバランスで

どんな緩急をつけて

書くか。

 

年初ということで

好きなことば

好きな漢字

そして

今年大切にしたいテーマ

など

父も母もわたしも

めいめいが思いつくままに。

 

 

久しぶりの書道。

さらさらと、無心に、筆をすすめる。

 

あーーきもちいい。

 

なんていうか

スポーツをやるのと同じような

爽快感ですねこれは。

 

集中力、

身体能力(おもに手)、

展望力。

 

古代から大切にされてきた

日本ならではの文化習慣。

 

今日この日の意志や決意を、

自身の手とこころで

集中して紙のうえに

一筆一筆ずつかたちづくり、

出来上がったものを眺めて、

改めてこころを固める。

 

この一年、大切にしたいことを、

再確認するひととき。

 

 

筆を走らせるまでは

わりとのんびり、

「なにが出てくるかなー」

とゆるく構えている感じだけど

「よしこれだ」

と決まるとすいすいすらすら。

 

しかし、

なんでこんなに

むかしから

文字でも手紙でも文章でも論文でも日記でも

書くことが好きなのか

よくわからない。

 

まあ、だけど、

理由なんてなくてよいんだろう。

 

うん

書くことが、相変わらず好きだな。

筆をすすめるまでの、あたためる時間も含めて。

気持ちに沿う、ことばを選ぶ時間も含めて。

 

わたしは

アウトプットの量も速さも

そんなにはないけれど、

自分の納得いく表現をすることと

その内容(質)はとことんこだわりたい

人間のようで。

 

そんなことも、この書き初めで再確認したなり。

 

でも、書く書く連呼してたら

今これを書くことには

もう飽きがきた。笑

 

こんなわたしですが、

いつもありがとうございます。

 

2018年もどうぞよろしくお願いいたします。

(深々)

 

 

“Finally”

 

  Finally, I can stop dreaming

  願い続けた日が ついに今スタートを切ったの

  Finally, I can stop wishing

  モノクロの世界が この瞬間 色づいていく

 

  いまここに立つステージで

  新しいストーリーがはじまる

 

 

 

安室奈美恵さん。

 

10代の頃、歌番組で踊る姿をみて

わーきもちよさそう!

わたしもこんな風に踊りたい!

とダンスを始めたんだっけ。

 

最近もなお、

ダンス好きなんですよ、最近は踊る場もないけど

という会話での

 

どんなダンスなんですか?

という問いかけには

 

そうですね、いろいろやりましたけど

特に好きなのは安室奈美恵さんのような感じ。

とすぐ答えるぐらいには

 

安室さんは

わたしのダンスライフには欠かせない存在で。

ぬふふふふ(楽しそう)

 

彼女が、自らの引退について語った

先日のNHKドキュメントで

個人的に印象に残った場面。

 

ドアの話。

 

20代後半頃

歌う自分がよく分からなくなった時期に、

求められている自分

こうあるべき自分

最適解の自分

そんな自分像を一生懸命考えて

道をつくろうとしていたという。

 

でもそうして開けに行った扉は

ことごとく

どれも外れていて。

 

そして

いろんなアーティストさんとコラボしたり

これまでやらなかった

新しい取組みをしながらもがく中、

 

あれそうか

自分が心から楽しむことを忘れていたんだ

自分が楽しいことを胸張ってやればいいんだ

という気づきを得たとき、

 

ドアは目の前に現れて。

 

そこからは

鍵なしですーっと、

次のステージに向かえたのだという。

 

自分が心から楽しいと思えることを、

胸を張って楽しむ。幸せを味わう。

 

生きること、進むことの原点なんですねこれ。

 

単純に比較できるものでもないけれど、

私自身の

ここ数年の沈んでいたきもちと

何が大切なんだろうかと思索し続けた日々と。

そして、

「ああわたしは、やっぱりこれが好きだ」

と心底好きなことにようやく気づき

全身が満たされたことと重なり、

胸がいっぱいになる。

 

 

そして、今度の引退を

「ひとつの通過点」

「終わりがあれば、はじまりがある」

と表現する彼女の表情が

またすがすがしく美しくて。

 

冒頭にも載せた「Finally」の曲中

こんな歌詞がある。

 

  守るものがあるから 信じてゆける

  希望あふれる 未知の世界へ

  胸を張って すべて感じたいから

  眩しく煌めく明日へ Finally

 

 

自分が大切にしたいことを

胸を張って好きだと言い、

背筋を伸ばして

でも力は抜いて軽やかに前へ。

ひとつのピリオドを打ち、

新しいストーリーを始めるために。

 

美しい歌だし、

安室さんが歌うから心に響くなあとつくづく。

ただでさえしみじみする季節なのに、

しみじみしすぎてる。

 

 

しかし、なんとも美しい40歳。

こんな風にキュートに

歳重ねたいものだわ。

 

久しぶりに、髪伸ばそうかな。

まずは前髪伸ばそう。(気長)

 

世界を彩る力

 

わたしはつくづく、

 

なにげない日々のなか

なにげないささやかなできごとを

あたたかいまなざしで見つめ、

 

そしてあたたかく感じることのできる

あたたかい感性をもったひとを

人として好きだなあと思う。

 

 

まなざしひとつで

見える世界はいくらでも変わる。

 

どこかで聞いたセリフだと思ったら

このブログで自分が書いていた。笑

目の色」について。

 

2015年9月、

2回目の投稿なのねこれ。

だいぶ昔に感じるもんだ。

 

自分のまなざし具合(目の色)で

世界はいくらでも彩られる、

本当そう思う。

 

「世界を彩る力」が宿った

瞳に勝るものはないですね。

 

 

なんでこんな話はじめたのかなあ

と、ここ最近の自分を振り返ってみたら

ものもらいになったんだった

そういえば。

 

たぶん小学生とか

それぐらいぶり。

眼科なんて滅多に行かないので

かなりびびりながら診察して頂きました。

 

そして、

目薬もびびりながらさす。

慣れてないから、

なかなか目に入らないという。

 

 

いやー

なにごともなく

世界がありのままに見えているって

本当すばらしい。

 

見ること、聞くこと、話すこと、

歩くこと、薫ること、味わうこと。

 

与えられたこのからだで

世界をとことん楽しむ、

それぐらいの気持ちで

日々過ごせたらいいなあと。

 

オフィスにいると

頭ばかり使っているけれど、

体を使って生きることも

やっぱり大切にしたい。

 

 

さて。

 

空気がまた一段と冷えて、

凛とした季節の到来ですね。

 

背筋がぴんと張りつめ、

鼻孔もきゅっと締まる初冬の空気。

とくに晴れた日の朝は、

きもちがいいですね。

 

なーんて

爽やかぶりつつ、

わたしは

日に日に布団から

出られなくなっております。

 

YA BA I

 

ただでさえぬくぬくと寝るのが好きなのに、

湯たんぽいれた日には

もうもうもう(牛)

 

 

 

マム、11月、「いつか」

 

今住んでいる街には

わりとお花やさんが多く、

遅い時間になってもやってる

店舗もあってうれしい。

 

でも

面白いもので、

同じ「お花やさん」なんだけど

並んでいる花がどれもイキイキしているとこ

数はあってもなんだか閑散としているとこ

あまり売れてはいないのだけど

その分自由奔放に育てられてるのか

むしろ植木たちは元気でワイルドなとこ

 

花も植木も

お店それぞれの表情をしていますよね。

おもしろいふふふ。(怪しい)

 

よく考えれば

にんげんがお店を商っているけれど、

花やさんの主役(顔)は

花たち植木たちだもんね。

そりゃあ、表情も違うはずだわ。

 

ここ最近は

バラがなぜかお気に入りだったけど、

今日はあらたに

マムというぽんぽん菊を。

丸くて黄色くて美味しそうである!

 

さっき、

花を花瓶にいけながら、

花の美しさが際立つのは

物が最小限の空間だよなあと感じ。

うーむ、もうちょい片付けせねば。

 

そんなこんなで

11月に入ってから、

連休ついでに

有休もいただいて

息抜きしながら

幸せな時間を過ごしています。

 

で、息を抜いたら、気づいたこと。

 

向かいたい未来があるとき、

会いたい誰かがいるとき、

叶えたい願いを持っているとき。

 

必ず実現するためには

まず

 

「いつ」それをやるかを

決めなくてはいけないと考えがちだけど

 

「いつか」それをやることを

ちゃんと自分に約束できてさえいれば、

 

日々の出来事が次第に輪郭を増していき

「いつの間にか」その時機がきている

(必要なタイミングが、自然にわかる)

 

んだろうなあと。

 

とくにまじめな人は、

何かを実現するぞ、となったとき、

 

『タイミング的に、来年の●月にしたほうがいいのかな』

『年齢もあるし、●●年がベストかもしれない』

という感じで

諸々計画したくなるし

 

『逆算して、この頃には××の資格持っておくか』

『でも難しそうだから、△△を選ぼうか』

など、

その道筋や方法にも

べき論だったり、迷いや悩みが生じてきがちで。

 

でも、

そのもともと描いているビジョンが

本当に自分にとってぴったりくるものなら

「いつ」それをやるかは

さほど大きな問題ではないわけで。

 

「いつか」必ず現実になる

とわくわくしながら、

今この日々を過ごしていれば

道はどんどんずんずん拡がっている。

 

日々の暮らしを丁寧に、

目の前のことを丁寧に、

からだのケアも丁寧に、

人とのコミュニケーションも丁寧に、

ぜんぶ自分なりの丁寧でよいから

心をこめて、わくわくと過ごす。

 

今、

生きることに

肩の力はもういらないんだよね。

 

しっかり足を地に付けて、すくっと前を見据える。

そして、一歩一歩、また一歩。

その歩みと光景を、楽しみながら。

その道程と出逢いを、かみしめながら。

 

時々は

立ち止まってぼーっとして

鼻を通るひんやりとした風を、味わいながら。

 

うんうん。

 

どんどこ、ヨガ、重心

 

相変わらず、鼻はどん詰まり。

なんだか

どん詰まりを通り越して、

どんどこ詰まり。

 

週末、のんびり休んでいればいいのに

いそいそとヨガ行っちゃったからかなー。

でも、行きたかったのですよ。

先週は休日出勤やらで行けなかったから余計に。

 

ダンスにはまってた20代前半までは、

ヨガやピラティスをかじっても

その良さがあまり実感できず、

ヨガる時間があれば

一分一秒でも長くダンスしてたい!

て感じだった。

 

今も時々、ああダンスしたいなー

と思うこともあるけど

どちらかというと

体はヨガを求めている感覚。

 

日々、踊っていた頃は

動けるままに舞うのがきもちがよくて

あまり深く考えてなかったけど、

からだの使い方って、知れば知るほど奥が深い。

 

たとえば、足の重心のかけ方。

 

・親指の付け根のふくらみ部分(拇趾球)

・小指の付け根のふくらみ部分(小指球)

・かかとの外側寄り

・かかとの内側寄り

この4つの箇所に均等に体重をかけることが

身体にもっとも負担がないらしく。

 

そのことを教えてもらったあと、

日常生活で

駅のホームで電車を待っているとき

シンク前でお茶碗洗っているとき

洗面台で歯を磨いているとき

自分の体重のかけ方に

ふと意識が向くようになった。

 

わたしの場合、

かかとよりはつま先に体重が寄るし

茶碗洗うときは右足の外方向に偏るし

親指付け根を意識するのけっこう難しいし

でも

右足だけ外反母趾気味な理由がちょっと分かってきたし

扁平足なのは生まれつきと思ってたら改善できるらしいし

立つことが楽しくなってきて電車の時間も苦にならないし

なかなか奥が深いですね。

ししししし。(お気に入り)

 

 

はーー、からだ、おもしろい。

 

小さい頃は

耳がきこえないことは

単純に自分は

きこえないからだ(時々不便)で生まれた

のだと受けとめてたけど、

 

30代になってから

さらにここ数年の低調期から、

からだに思う存分向き合う人生を

贈ってもらったのかもしれないとふと。

 

 

 

風邪、新習慣、ニラ

 

んがーーー風邪ひいた。

んごーーー鼻がどん詰まり。

んぐーーー息ができない。

 

ゆっくり寝てたいなと思うも、

息苦しくてむしろ起きてたほうが楽だという。

というわけで、

せっせとそうじを始めるの巻。

 

そうそう、

今の家に暮らすようになってから

いくつか新たな習慣ができた。

(前にちらっと書いた、土釜炊きもそう)

 

そのうちのひとつ、

床の拭き掃除。

 

水で濡らして

きゅっと固く絞った雑巾を手に、

家中くまなく床を拭く。

 

掃除機をかけたあとなので

目立つごみはさほどないのだけど、

それでも小さな塵(ちり)やほこりはあって。

 

日々、

ちゃんと自分の「手」を使って

生活空間を磨くこと。

なんとも楽しいし元気になりますねこれ。

 

個人的には、

この床掃除は

タオル雑巾とか

市販の化学繊維ふきんとか

ではなく

ぎゅぎゅっと目がつまった

綿や麻の布

でせっせと拭くのがきもちがいい。

 

雑巾、というよりも

布巾、ですな。

 

無印のキッチン用品で売っている

ふきんがもっかお気に入り。

(もちろん、お皿拭くのは違う種類のふきんで)

 

この床掃除習慣は、

10代の頃から好きな作家さん

浅見帆帆子さんが

何かで話してたか書いてたのを

きっかけに始めてみたのだけど

やってみたらきもちがよくて、やみつきに。

 

それにしても

床掃除したら元気になった気がしたけど、

相変わらず鼻はずびずび。

 

薬は飲まずに

からだを解放させながら治したいんだけど、

あまり長引くのも困るなあううむ。

 

今晩は、ニラ大量に食べて養生します。

 

 

 

みそ汁、台風、シマオ

 

日曜の朝。

 

ふわっと目が覚めるも、

なんとも体温低め。

テンションもどんより低め。

 

今週(月曜~土曜)は

連日の研修、

大学での講師業、

採用イベントで休日出勤対応と、

自分的にはちょっと目まぐるしい感じだった。

 

ベッドの上にむくり起き上がり、

ぼーっとすることしばし。

 

「なにしたい?」

と心にきいてみると、

「みそ汁!」

という、文法無視した全力回答が。

 

さっそく

寝起きの無表情のまま

 

鍋に水をはり、

だしをとり、

黄金色の美味しそうなスープによだれ出ながら、

凍り豆腐をお湯で戻す。

 

にらをざくざく切って、

小松菜もしゃきしゃき切って、

ぽんぽんと鍋に放り込む。

 

野菜が鮮やかな緑に変わった

タイミングで火を止め、

味噌をじゅわっと溶かす。

 

そして食卓で、

湯気がのぼるお椀を両手で包み、

こくっと一杯。

 

う、うまい。

い、いきかえる。

 

 

気がつけば、

目が覚めたときの低飛行ぶりはどこへやら。

ほんわかいい気分に。

 

やっぱり朝は、

まずはからだを中から温めるに限りますね。

 

 

それにしても

台風、近づいてますねえ。

 

日中すこし出かけて、

どちらかというと毎度楽天モードで

台風を出迎えるわたしも、

今回のはけっこうな威力じゃ・・・

と察する(遅い)

 

ひとまず、

食材はお米含めて一通り買い出したし

ベランダの植木はすべて中に入れたし

物干し竿の具合も確認したし

明日の打ち合わせ予定もすべて変更して

在宅勤務体制万全だし。

ししししし。

 

そうだ

植木topicついでに、

10月に我が家にやってきた

シマトネリコこと

シマオくんがけっこうな成長ぶりでしてね。

 

秋なのに、新芽が止まらなくて

なんともかわいいし頼もしいのですよ。

(おやばか)

 

シマオをはじめ、

どの植木もどの花もそうだけど、

 

仕事立て込んでいて

会社と家の往復になる日々でも

部屋に戻ったとき

まっすぐ胸張って伸びているとことか

新芽のなんとも柔らかい表情とか

「いのち」に癒される。

 

とくに、東京はやっぱり

ヒトや建物多くて無機質寄りだから余計に。

 

みそ汁、台風、シマオ。

なんの共通項もなさそうだけど、

今ふと

どれも有機というか、

エネルギー体だなあと。

 

躍動しているもの。

風が地が通っているもの。

いのちあるもの。

 

結局、

全部まるっとひっくるめると

わたしはいのちが大好きなんだなあと!

 

切ない別れを経験して

たくさん泣いたのも10月だけど、

あの10月があったから、

いのちが大好きで大切なのだと

今まっすぐ前を向いて

笑って言えるわたしがいる。

 

みそ汁、台風、シマオ。

ただの週末つれづれ日記が

思わぬところに終着してしまった。

なははははは(逃亡)