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最後の講義

 

ランディ・パウシュ教授の「最後の講義」。

 

以前、NHKで放送されてた録画を

レコーダーに見つけ、

なんとなく再生しはじめる。

 

CMU(カーネギーメロン大学)かー

パウシュ教授のこの講義がされているこの頃、

ちょうど同期がここに留学してたかもなー

わたしもこの頃は、留学施策担当してたよなー

 

なんて思いながら

お湯をすすりつつ

のんびり見いる。

 

そして最後、

パウシュ教授の愛あふれるサプライズが。

わたしも思わず、

時と場所を超えてもらい泣き。笑

 

 

途中、パウシュ教授のことばとして

こんなメッセージが紹介される。

 

Be good at something,

it makes you VALUABLE…

Have something to bring on the table,

because that will make you more WELCOME…

-Randy Pausch

 

得意なものを持て。

きみは、価値ある存在になれる。

アピールできるものを持て。

きみは、もっと認めてもらえる。

 

いいことば、だねえ。

 

ちなみに

上の日本語訳は、

番組のテロップに出たそのままなのだけど

個人的には

 

得意なものを持て。

きみは、価値ある存在になれる。

アピールできるものを持て。

きみは、もっと喜んでもらえる。

 

が、よりしっくりくる気がする。

 

自分がひとのためにできること、

そしてまわりを幸せにできること、

そんな力をぜひ伸ばしてほしい、

というメッセージを講義に感じたから。

 

こんなところに目(意識)が行くあたり、

わたしはやっぱり

ことばにこだわりたい人間なんだなとつくづく。

 

パウシュ教授が、

いのちを懸けて

最期まで

自分の得意なこと、好きなこと、そしてひとの役に立つこと

をやり遂げられたこと。

 

わたしも、

いのちを懸けて

やっていきたいこと・やっていくこと・ひとの役に立てること

の輪郭がくっきりしてきた気がする。

 

今まで歩いてきた道の先に、

また、新しい景色が見えてきた。

 

生きるテーマ、

わたしのいのちのテーマ。

 

 

人生、まだまだ本番!(キラリ)

 

 

秋の冷たいしとしと雨。

秋空の下、ふわっと風に薫っていたキンモクセイも、

今週末は、心なしか静かな感じ。

今年も、きんいろの空気をありがとう。

 

風邪気味の方も多いですね、

あったかいお湯のんで

早めに治りますように。

 

さて、わたしもお湯のもう。(飲んでばかり)

 

 

もう、手離せないもの。

 

引っ越しして、

ひとり暮らしを再開したわけですが。

 

以前のひとり暮らしとは、

微妙に変化したポイントも、多い。

 

所持する家電でいうと、

 

電子レンジなし。

 

炊飯器なし。

 

掃除機はルンバとお別れし、

今はコードレス掃除機。

 

 

とかかなー

 

ご存知のとおり(知らない)、

おにぎりをこよなく愛するわたし。

 

炊飯器なしで、

どうやって生きてるかって。

 

土釜であります。

るん!

 

土釜であります。

るんるん!

 

 

東急ハンズで見つけた、

雪平釜がなにせ秀逸でして。

 

はやい、かんたん、美味しい、の三拍子。

 

IH対応だし、

ふたがガラスなので、

お米の具合がよくわかるし。

 

焚く過程で、

ガラスふたの内側に

ふつふつと沸く

透明な泡がまた美しいのです。

 

沸騰すると、

ふたの上から勢いよく吹き出す

白い蒸気も美しいのです。

 

ずっと見ていたいけど、

名残惜しみながらも

せっせと火力操作をば。

 

しないと焦げる。笑

 

 

本当これ、

日本人なら、ひとつは持つべし。

と思いながら、

 

今日も、つやつやごはんをもぐもぐ。

 

異動、引越し、今年も残り3ヶ月。

 

しばらく放置していたら、

画像が、うまくアップできなくなった。笑

 

これは、画に頼らず

文章でちゃんと書けということですねふむふむ(ポジ)

 

気がつけば、

2017年も、残り3ヶ月と10日ぐらいに。

は、はやい。

 

年初の目標をはるかかなたに忘れたぐらいには、

今年は、自分もまわりも、

イベントがもりだくさん。

 

自分ごとでは、

 

異動した。

引越しした。

あと、新しく習いはじめたことが、3つ。

 

異動は、10年ぶり。

引越しは、3年ぶり。

あと、習いごとも、久しぶり。

 

習いごとは、

以前もやっていたことの再開がメインだけど。

 

たとえば、ヨガとか、

毎週末マンツーマンで

みっちり教えてもらうのは初体験だし、

気づきも多くて楽しい。

 

リ・スタート。

 

前にも少し書いたけれど

わたしたちは、

変えないものを守りながらも、

変わることを推し進めている。

 

継続にして、発展。

連続にして、不同。

 

以前、ストレッチしながらこれをひらめいた

あの日のわたしはもう過去の自分だけど、

 

またこうして

ベッドにごろごろしながらこれを思い出した

今日この日のわたし。

 

どこかつながりながらも、

どこかは、超えていく。

 

連続する自分なのに

変わり続けていく「わたし」

の、2017年末の着地点はどこだろうな。

 

うーー楽しみ、たのしみ!(ごろごろ転がりながら)

 

読まない月間。

 

ご無沙汰しております。(深々)

 

潜ってましたが、出てきました。

 

やっぱり地底は落ち着くなあー

と、もごもごしていて、

でもちょっと気晴らしにと

ふらり地上に顔出してみたら

直射日光浴びてしまいげんなりしているけど、

その眩しさ目まぐるしさも

なんだかんだきらいじゃない

もぐらのような気分。(長い)

 

なんの習性なのか、

気分がなんとなく沈みがちなときは

とことん読書祭りをするわたし。

 

この2ヶ月、何冊読んだだろう。

50冊は、いってるかもしれないなー。

いやー、どの本も面白かった。(伸びをしながら)

 

かような、

ひとり脳内お祭り騒ぎの日々も、

7月になってから、途端にがらっと空気が変わり。

 

月曜の朝。

いつもなら気が向いた一冊をぱっと手に取り

かばんに入れて、出かけるのだけど。

 

伸ばしかけた手を

「本読むの、しばらく止めとこうかな」

なぜか、そんなきもちになって、

そのままかばんだけ持って、出発した。

 

本を読むことは、

リフレッシュになっているようで、

知識欲は満たされるものの脳は休んでいない。

思考のやまない頭を、別の思考で紛らわすだけ。

 

今のわたしがしたいのは、

思考停止。頭の休息。脳休み。

 

とことん本を満喫した先には、

自分が本当にほしいものへの

体感的な自覚があって、

よかった。

 

本を読まないキャンペーンを実施して、3日目。

通勤の車内では

靴下の履き口をムダに折り返してみたり、

前に座ったおじさんの頭をしげしげと観察したり、

電光板に映る文字(漢字)の由来を考えてみたり、

本がないなりに楽しんでおります。

 

でも暇。暇。ひま!

 

英語学習という手もあるけど、

うーんなんか気乗りしないなあー。

これまた、思考脳を使うもんね。(言い訳)

 

夏休みならぬ脳休み、しばらく色々試してみます。

 

さて、もうすぐ夏!

 

春、笑顔、強さ。

tulips

イベント対応三昧で、

移動の車中でも、

あまり顔を上げずに仕事していた日々。

 

一区切りついて、

ぼんやりと窓の外を眺める至福。

はる、だねえ。

 

やさしいのに、

いのちほとばしるその力強さ。

 

やわらかいのに、

寒さや厳しさを耐え抜いたその芯の強さ。

 

春を笑顔で迎えられること、

それだけでもう、

かけがえのない瞬間なのですよね。

 

迎えられたいまこの瞬間と、

これからまた始まる新たな日々とその経験。

入学、入社、おめでとうございます。

 

もし、

一見代わり映えのしない日々であっても、

変わることを決めると、新たな日々は始まる。

継続、発展、ありがとうございます。

 

春のやさしくもかけがえのない強さに

パワーを分けてもらいながら、

また一歩ずつ進めたらいいなあと思う

そんな雨の週末。

 

 

緩む、気づく、味わう。

お風呂あがり、ヨガマットを敷いてストレッチ。

 

一通りこなしたあと、

ヨガマットに寝転がったまま、

うーーーーん

と上下に伸びて

ふうーーーー

と力を抜く。

 

だらーんと仰向けのまま、ぼんやりする。

至福のひととき。

 

次の瞬間、ふと感じた。

わたしたちが生きることは、

「継続」ではなくて「発展」なのだ

と。

 

同じ経験でも同じ仕事でも同じ人と会うにしても、

同じ瞬間が続くことは二度となく、

常に変化し発展している。

同じことをしても、それをする主体としてのわたしは変化しているから、同じ経験にはならないのだね。

 

単純なことだけど、なんか深いな。

当たり前のことだけど、なんか幸せだな。

 

以上、自分のメモがてら。

それにしても、緩むとひらめくもんだねえ。

この春は、いっぱいストレッチしよっと。笑

 

堪忍袋

堪忍袋の、緒が、切れる。

プツーン(効果音)

この3月に入って、

ある人に対して見限りをつけた。

 

以前から、なんとなく、

変わった人だなー

あまり関わりたくないなー

と思いつつも、

接点を持たざるを得なかったひと。

 

接点がある以上は、

相手は変えられないから、

自分の関わりかたを工夫したり、

自身のひととしての素行を見直すきっかけにしたり、

あの手この手で工夫もした。

 

でも、この3月。

とある場面で、

その方の意地悪く

一言でいえばなんともむかつく対応を

目にしてしまい、

 

「あーーー、もうだめだ。」

 

と、思った。

 

 

ここにきて、

わたしはようやく、

 

数年来の

「この人が、大きらいだ」

という事実を認めたのです。

 

苦手というかきらいというか、

うんぬんかんぬん、

のらりくらりはぐらかしてきた本当のきもち。

 

うん、大きらいだ!!(大声)

 

・・・と思ったら、

次の瞬間、

 

うん、そうだそうだ!!

 

という、

合いの手が全力で入ってきた。笑

 

さらに、同時に、

見ないようにみないようにしてきた

自分の怒りのきもちが、

堪忍袋になって

どーんと目の前に置かれた。(気がした)

 

不思議なもので、

見ないようにみないようにとふたをするほど、

その気持ちは、

クローズアップされて

苦しくなる。

 

でも、

そうだよね、と正直に認めると、

一瞬、肯定されたただけでも

ふっと力が抜けるというか。

 

そうして、目の前に置かれた堪忍袋。

 

どんな柄してるの?

どんな紐で結ばれてるの?

このタオルの柄、堪忍袋っぽいな!

なーんて、どうでもいい妄想が今は楽しい。

 

思っていた以上に、可愛かった堪忍袋。

これ、

「こころ」の見える化のひとつとして

案外使えるアプローチかもしれないなー。

 

いらいら、もやもや、ぐつぐつ、むかむか、きりきり、心のなかに生まれるネガティブなエネルギー。

蓋はしなくていい、

どんどん自分の堪忍袋に放り込もう。

そして、

緒が切れる前に、ふわっと空にでも解き放てばいい。

 

 

びっくりホワイトデー

inuneko先日のホワイトデー、

ちょっと笑えるアクシデントがあった。

 

担当のイベントで使用する機材を、Amazonで発注したわたし。

機材というか、パソコンに接続して使うもの。

業務上の備品のため、届け先はオフィスを指定。

 

2月半ばに注文していたその品物が、

やっとこ到着。

 

箱を手にしてみると、

おや?軽い。

しかも、けっこう小さいね?

と思いながらも

いそいそと梱包テープを剥がす。

 

開けた箱の中には、またひとつ小さい箱。

 

なんだこれ、注文したのと違う・・・

と思いながらも、その箱を手にしてパコッと開ける。

 

すると

中には、

キラキラ光るアクセサリーが。笑

ビロード仕様の生地に、

かわいいピアスがふたつ。

 

しかし、

オフィスのど真ん中で

仕事処理モードで淡々と開けた箱に、

キラキラ光るアクセサリーがあるとか、

なかなかないシチュエーション。笑

 

ええー?

まあたしかに今日はホワイトデーだけど・・

と思わず納得しかける能天気。(平常運行)

 

隣の席のひとに、「こんなん届いたんですけど(笑)」ととりあえず見せてみるの巻。

同じ研修チームのメンバーに、「進捗報告ですけど(笑)」と顛末を伝えてみるの巻。

 

ひとしきり気が済んだあと、

注文先にメールで「異なる品物が届きました」と連絡してみる。(遅い)

 

折り返し電話があり、

わたしの代わりに受けてくださった人によると

「誤配申し訳ありません。注文の品は、明日届くよう改めて送付。アクセサリーは返品してください」

とのこと。

 

あっけなく、一件落着。笑

 

幸い、実際に備品を使用するのはまだ先だし、

よかったよかった。

 

ぷっと笑える、

ばたばた立て込んでいる日々の

息抜き的なアクシデントでした。

ちゃんちゃん。

 

それにしても

研修備品→ アクセサリー だったということは、

アクセサリー→研修備品 の人もいたのだろうか。

キラキラのものが入っているはずが、

謎の機材だったらそれはそれであんぐりだね。

 

ぬふふ楽しかった。

さて、またなにか面白いこと、起こらないかな~

 

 

 

ただ、○○向きに。

tiger

前向きでもなく、

後ろ向きでもなく、

ただ

○○向きに。

 

↑  今、なんとなく大切にしていること。

 

5年前ぐらいまでのわたしは

どことなく「前向き」のかたまりだった。

何があったっておっぱっぴー(©某よしおさん)ぐらいの、底抜け能天気な。

 

もちろんそれなりに悩むこともあったけど、

ケセラセラで

どこかそんな弱気な自分を笑い飛ばしていた。

 

そして、時は過ぎ。

自分的「青の時代」に突入。

ブルーゾーンとも呼びたいきもち。

 

例えるなら、

ハワイの常夏のあっけらかんとした海ではなく

すこし冷えも深さも残す伊豆の海、

そこに漂っているような日々。

 

うーん、だいたい5年ぐらいも漂っただろうか。

全部がぜんぶ、ネガティブな期間というわけではないけど、

それでも自分がこの5年、どちらかというと「後ろ向き」だったという自覚はある。

 

つくづく生きるって面白いなあと思うのは、

この青の時代、

しかもけっこう濃い青の時代(笑)、

それは、もっと大きな前を見つめるために、

必然で起こったんだということ。

 

もしも今まで通りの安穏とした生活のままで

自分的にヨシとするなら、

この「後ろ向き」期間は訪れなかったなと。

長いながい時間を経て、今、そう思うのです。

 

仕事を離れて、修学(研究)のために休みに入ったことを

当時のわたしはのんきに構えていたけど、

やっぱりあれは結構なチャレンジだったなあと今頃気づく。笑

思えば、あそこがひとつの転機になった。

 

仕事を離れて、社会にぽつんとひとり、何者でもないわたしになった瞬間、

わたしが生きるテーマ、

わたしが生きる動力、

わたしが生きるそのいのち、

無自覚だったこれらのことを突き付けられた。

 

安穏と生きることももちろん幸せだけど、

あれ?わたし、何がしたかったんだ?

そんな疑問が、噴出した。

そもそもわたし、なんのために生きてるんだ?

愛犬の死も経験し、

哀しさのなかに、疑問が交錯する。

 

あれから5年。

今はまたもとの職場に復職して、

(ありがたいことに戻らせて頂いて!)

休む前とは違う、仕事の経験もできた。

 

大きな疑問を前に、立ち止まってしまった日々。

なんとか卒業して、以前のように仕事に奔走する日々。

でも、

というか、

だから、

以前よりも、

もっと「前」を意識するようになった。

夢や目標とか、

自分らしさそのものへの意識というよりは、

自分が自分らしく歩む上で大切にしたいことはなんだっけ、というそんな問いかけを。

 

自問するなか、

まず気がついたのは、

自分のなかの色んなもの。

「ポジティブ」「前向き」であることをヨシとしてきて、地でいってる部分と、ほんの少し無理をしてきた部分と。

ほんの少しの無理も、30ウン年経てば、けっこうな量になる。

 

あーわたし、これがイヤだったんだな。(でもイヤとは言えず頑張った)

あーわたし、この時本当は泣きたかったな。(でも涙をのんだ)

あーわたし、相当怒りがたまっていたな。(でも笑顔でいいよいいよと言ってきた)

 

そんなきもちを、

ひとつひとつ、

紐解いてきた青の時代。

 

それらは、一見静かだけれど、

同時に目まぐるしい感情が走っていて。

葛藤と苦悩と、切なさやるせなさと。

でも同時に、

ひとつひとつ、「そうだったね」と気づき認めることによって、

自分自身の人生へ

あらためて愛やいとおしさを感じる時間にもなった。

 

過去の自分のなかの薄暗い部分を味わった分、

つまり後ろを向いた分、

前を向くことの眩しさや喜びを

心から実感できたなって。

 

後ろ向きをとことん味わい尽くすと、

また、向き直りたくなるんです。

いやあーいいねえ人間って。(まとめすぎ)

 

で、ようやく

冒頭のことばにつながるわけですが。

 

前向きでもなく、

後ろ向きでもなく、

ただ

ひた向きに。

 

それだけで、十分、

わたしたちは生きている。

もう前を向いている。

だから、むりに前向きにならなくていい。

時々、後ろを向くのもそれはそれで必要な時間。

どこを向いていても、大丈夫。

ただ、今を、ひた向きに。

 

この人生に、いのちに、ありがとうございます。

 

ヒリヒリ、3月、愛。

Small Dock and Boat at the lake

 

母「なんだか(顔の)肌がひりひりするわねー」

私「うん、ちょっと渇くねえ」

母「もう、春なんだわねー」

 

冬のカラカラな感じとも違う、

春に移り変わる季節特有のヒリヒリ感。

 

3月の、

まるっと明るくはないのだけれど

雲の切れ間から徐々に

まばゆい光が射し込ような

あのじれったい感じ、

好きだわ。

 

夜明けなのに夕暮れのような、

ほのかにやさしい光に包まれつつも

ふとしたら闇の帳(とばり)に戻りそうな

なんともつかないひととき。

 

3月って、そんなにおいがする。

 

そんなことを思いながら、

お風呂あがり、渇いた肌にいつもより多めに化粧水をひたひたと。

手のひらの湿度と体温を感じながらの

このひととき、至福。

 

そういえば、金曜日は耳の日だったなあと思いながら、ついでに耳にも潤いを。

うーんこれまた、至福。

 

どんなときも、

わたし自身が、

わたしのからだとこころを

一番に愛している人間でいたいなとつくづく。