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U理論

uma

この時季、たまらないもの。

家やオフィス、電車とかを出た瞬間の、鼻孔に沁み渡るひやっとした空気。

なんだろう、もう生きてるって感じがする。(まとめすぎ)

馬並みにふふーんと鼻の穴開いて歩く人がいたら、

きっとそれはわたしです。または同類の方。

 

最近、U理論なるものにごく軽くながら触れる機会があり。

教えてくださった方から借りた本(中土井僚著「マンガでやさしくわかるU理論」)を参照しながら、以下メモメモ。

U理論とは、米国のC・オットー・シャーマー博士が提唱したもので、

個人・グループ・組織・社会の変容のプロセスを表す理論だという。

変容のプロセスは大きく3段階:

1)ただひたすら観察する

2)一歩下がって内省する

3)素早く即興的に行動に移す

 

そしてこの3つのプロセスは「U理論」の文字通り、

左から右へ中央谷型の弧を描く「U」のかたちで表される。

中でもとくに「U」の字の左側にあたる、

観察(Uの字の始点)から内省(Uの字の底)にかけてのプロセスは意識の変容を示し、

ただ行動を起こしたときに比較すると

この観察や内省のプロセスを経ることによって、

その後の行動の質が大きく変わるのだという。

U理論の矢印イメージ、一見した方が分かりやすいので興味ある方はぐぐってみてくださひ。

 

その後の行動の質を大きく変える意識変容のプロセス、

これを、オットー博士は大きく以下4つのレベルに整理した。

 

「ソーシャル・フィールド」4つのレベル

1)ダウンローディング

2)シーイング(観る)

3)センシング(感じ取る)

4)プレゼンシング(博士の造語:プレゼンス+センシング)

 

うーんと、細かい点はあまりここでは割愛するけれど、

わたしたちは普段、必ずなんらかのソーシャルフィールド(Social Structure of Attention)を味わっていて、内面の状態のマネジメントをしている。

1から4までのレベルは、1低い→4高いで、

各レベルは固定的なものではなく、各場面に応じて変動するもの。

(なんか、学部時代に書いた論文にちょっとデジャヴ。ひとりごと)

で、4のプレゼンシングに至ると、過去の延長線上にはない大きな未来が出現するらしい。

言い換えれば、内側から何かがにじみ出たり溢れてくる意識の状態(=プレゼンシング)になると、新しい創造的な何かが生まれやすくなると。

オットー博士いわく、

いわゆるPDCAの考え方とその実践は「過去からの学習」であり、

このU理論に見出せるアプローチは「出現する未来からの学習」と。

どちらがよいわるいではなく、どちらも欠かせないもの。

  

ちなみに、わたしが今回知ったなかで、個人的に面白いなと思ったポイントは、

ソーシャルフィールド1の「ダウンローディング」。

過去の経験によって自分の中に形作られたフレームを再現している状態。

自分の意識フレームを通して、目の前の相手を知らず知らず分析している状態。

たとえば、

打ち合わせで目の前の人がしゃべっていることに対して、

『この人いつもこうだよな…』

『また同じこと言ってる。』

『この表情、わたしの話にどう反論するか考えている感じだな〜』

といった感じで、自分の思考の中で何らかの反応的会話を繰り広げる様子。

ではこのフレームを取っ払うには、どうすればよいか。

そんな脳内会話を始めた自分に気づき、『保留!』と声をかけること。

これがいいらしい。

 

実際この数日わたしも意識してみたら、効果てきめん。

どちらかというと淡々と事象を「眺める」「感じる」人間だと思ってたけれど、

けっこう「ダウンローディング」もしがちなんだなあと。

で、話し相手に対して勝手に始まった脳内会話を

『保留!』にすると、

目の前の相手の言っている「内容」にしっかり耳を傾けられるし、

相手の話をきく自分自身の表情や、内容に対して感じたことに自覚的になれる。

 

あと、ダウンローディングをする傾向のある人と話していると

その場にいる人も感化されてダウンローディングな会話を始めがち、という博士の指摘も身をもって感じた。

「ネガティブな雰囲気のする人だから、ちょい面倒だな」という自分の直感のひとつには、ダウンローディング傾向の高い相手とそれに引っ張られがちな自分という構図もあったんだな、おそらく。

また1つものごとを客観的に捉える指標を知れて、よかったよかった。

 

このU理論の大きな特徴は、

パフォーマンスを高める「やり方(how)」だけでなく

その人の「内面のあり方(what)」に注目して、

パフォーマンス発揮過程上の意識の変容に焦点をあてているところ。

ある人の行動やそこに至るまでのプロセスは、外側にいる私たちもみられるけど、

その行動を起こす力の源泉となった内側にあるものは、私たちにはみえない。

その内側に存在する「内面のあり方(what)」がどのように引き出されたのか、

そしてその状態(=プレゼンシングとその先の行動)を意図的に起こすにはどうすればよいのか、

それを解明したのがこのU理論なのだという。

 

意識の高い人が集まると、なんらかイノベーション集団と化す原理が少し分かった気がする。

意識を高めるには、やっぱりなんらか一皮むけるってことなんだねえ。

無意識の意識化、そして行動。

はーー深そうだな、まだまだざっくりとしか理解できていないけれど、

もう少し歳とったらわかってくることもありそう。楽しみ。

 

さ、寝ようねよう。

こういうの書き始めると楽しくて寝るのを忘れるところは本当昔も今も変わらないわ。

まとまってないと思うけどまあご愛嬌ってことで。

うふふおやすみなさい。(寝言)

 

“I love my senses”

MJ

 

昨日のことだけど、服に合わせた靴のチョイスがいまいちで、

某石田純一さんのような足元になった。

丈短め(くるぶし上)のパンツに対して、黒エナメルなおじ靴で、しかもナマ足だったからなあ。

昨日のわたしは、

いしだじゅんいちならぬ、い◯◯(わたしの名字)ゆんいちでした、

というどうでもいい報告。

靴のチョイスはやはり気が抜けないわと反省しつつも、

白靴下合わせたような謎のマイケル化は避けられたし、まあよかったよかった。(完結)

 

さて、本題。笑

ここ数日で少し自分なりに輪郭を掴みはじめた「感覚」について。

最近、なんとなく脳裏をよぎっていたことば、

“I love my senses”

本で読んだフレーズでもなく、夢に出てきたわけでもなく、

でも脳内でふと呟いて、ほっとすることば。

そしてしばらく自分なりに味わってみた、なんでこのことばが今のわたしは好きなのか。

たぶん、この1ヶ月ブログを書いてみたことにもつながっていそう。

 

そして、ちょっと見えはじめた答え。

「感じる(FEEL)」

「考える(THINK)」

「味わう(TASTE / EXPERIENCE)」

自分の中で、この3つをバランスよく保てていると、

なんだかものごとがうまく回る気がしていて。

どうやら、この、バランス感覚を大切にしたいなーという気持ちが

先の “I love my senses”というフレーズに表れていたようだなと。

自分のsense(感覚とか感受性とか)がわりと好きだし、

信じている、大事にしたい、そんな意味なんだけど。

 

ここで言う「バランス感覚を保つ」というのは、

自分の脳スイッチ(思考・感情の状態)を、

いつもよりちょっとだけ自覚しておいて、必要に応じて切り替えるということ。

たとえば、

なんとなく感じていることを、意識的にことばで表現してみる。(FEEL→THINK

このブログも、日々のFEELをことばに置き換えるというTHINKがあって生まれている。

以前取り上げたセリグマンさんの3つのよいことも、このアプローチの一種かと。

また、

ぐるぐる考えてしまうときは、今の自分の「きもち」にフォーカスしてみる。(THINK→FEEL

出来事や他者等の客体に意識があるのを、ぐっと自分という主体に引き寄せる感じ。

「なんでこの人はこう言ったんだろう?」から、

「この人の何に、わたしはどう反応している(感じている)のかな?」と置き換えるとか。

そして、ときには

感じることも考えることもやめて、ただぼーっとしてみる。(TASTE

空気を味わい、今この瞬間の自分の佇まいを味わい、

経験をつんでいる自分そのものを味わってみる。

味わうという意味の TASTEには、経験するというニュアンスも含まれているらしい(!)

 

そのときどきで、なにかを経験している自分。TASTE。

そのときどき、左脳主動で行われるTHINK、考える。

そのときどき、右脳主動で行われるFEEL、感じる。

考えすぎたら胸に手をあてて感じてみればいいし、

いっぱい感じたらそこからことばに置き換えて考えてみる。まとめてみる。

そんな風にして、脳を使いまくったら、

今度はぼーっとして、ニュートラルな自分でTASTE、ただ味わう。

このサイクルをうまく回すことが、なにに良いのかはまだ掴み切れてないのだけど、

その先につながる日々の習慣や行動を、より自分らしく実現することにもつながるんじゃないかしら。

これ、完全に自分の気づきベースでまとめているけれど、

なんか脳科学とかで扱ってそうな領域だなあ。どなたかご存知でしょうか。

茂木さんの本とかちょっと漁ってみようっと。

 

というようなことをまとめていたら、

今日会社帰りに立ち読んだ本にこんなフレーズを発見。(ニュアンスです)

 「ロジック」と「感じたこと」は、どちらか片方だけはだめ。
 ロジックだけだと行き詰まるし、感性だけだと自分の世界だけになってしまう。
 両方を高速回転させると、新しい何かが生まれてぐんぐん成長していく

ちょうど今朝、ぼんやり考えていた内容と一致して、書店でひとり興奮。

鼻息荒くしていたのでさぞかし怪しかっただろう。

そして、その本は、だから一流のアーティストや画家は、文章表現もうまいとも続けていた。

それは、片方のスキルに頼らず、感覚とロジックを往復させる習慣をもつからとも。

「往復」「高速回転」という考え方、なかなか面白そう。

ひとまず、どちらかというとTASTE & FEEL人間なわたしは、

THINKも大事にしたいので、ブログ始めたのはちょうどよかったのかな。

なんでも意味があるもんだ。

 

 

 

3つのよいことキャンペーン

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靴を買った。どこ出かけよう〜。

靴購入後そのままの足で、その靴底に滑り止め付けてもらう調整に持ち込もうとデパートに寄ったはずが、デパ地下で食材買い込み三昧と化して、本来の用事を今頃思い出すという。(遠い目)

また、靴持って行かないと。(黄昏)

そういえば、先の温泉宿でも、トランプの神経衰弱勝負でビリだったし。

記憶力の低下が激しいわ…

とりあえず、神経衰弱ビリ脱出のためにゲーム必殺技ないかググってみよう。

安易だけど。いひひ。

 

というわけで、少し気分が暗くなってきたので、

ここで、本日の、3つのよいことを振り返ってみることにする。

その1)気に入ってるブランドで、店員さんの見立てで、秋冬に向けてぴったりの色の履き心地のよい靴を見つけられたこと

その2)アイスティーの氷なしをオーダーしたら、なみなみ注いだ状態で提供してくれたこと(他店だと、氷の分だけ差し引いた少量で出されることも多い)

その3)ジム退会に行ったら、手続きを担当してくださったフロントの方が、数年前の入会時にも担当してくださった方で、「YUKIさんあのとき運動するって燃えてましたよね〜!」「そうなんです、やっぱり運動してなんぼですよね!」と二人で入会するんだか退会するんだか訳分からないテンションに突入したこと

ふんふん。割といい日だったな。(単純)

 

この「3つのよいこと」は、心理学者の M.セリグマン博士が提唱する方法。

人間はもともと、ポジティブなこととネガティブなことがある場合、どちらかというとネガティブな要素に照準を当てる心理的な傾向がみられ、それをネガティビティバイアスという。

Happyなできごとより、Unhappyなできごとの方が記憶に残りやすかったりするのもそのため。

3つのよいことは、人間のもつそのような思考特徴を、意識的にポジティブ寄りにシフトするための行動療法ともいえるものだという。

たしかオリジナルの方法だと、「いいこと」を書き出して「その理由」も付記する、とかだったような。「いいこと」を導くことができた理由も含めて省みることで、また次のよいことスパイラルにつなげる目的なのだろうか。

興味のある方の参照用にとTED画像を埋め込んでみたけれど、セリグマンさんがやたらでかい。

なので、とりあえず、このブログの最下部に移動しました。笑

もし、この心理学の考え方に興味をお持ちの方いらっしゃればどうぞ。

 

気を取り直して、「3つのよいこと」に話を戻すと。

どうして、今日これを取り上げたか。

遡ればわたしがちょうど仕事が忙しくて、家と会社の往復で無味乾燥な日が続いていた時期。

「さてどうしたものか。鬱憤たまってるけど出かけにくいし」と思いめぐらし、

「気晴らしに、前に人から教えてもらったあれやってみよう。名付けて3よいキャンペーン。」ということに。

キャンペーンを始めたのは、9月1日。

そして今日(昨日)、9月21日。

スマホのスケジュールアプリに、「3つのよいこと最終日」と書いてある。

なぜ、21日間なのか。

それは、21日続けることが、習慣として身につくうえで1つの指標になるという話を見聞きしたから。これ科学的な根拠はなさそうだけど、10日だと短いし1ヶ月だとややハードル高いし、ちょうどよい感じ。

でもって、何事もなく最終日を安穏と迎えたような書き方をしているけれど、今朝このスケジュール内容を目にするまで、キャンペーンやっていたことすらすっかり忘れていた。

16日頃までは真面目にやっていたはずなんだけど、いつの間にか抜けるものですね。

仕事も落ち着いて、通常運転に戻ったから意識的に行うことが不要になったのかな、

と咄嗟にひらめくあたりが、ポジティブ人間の本領発揮か。

でも思い返せば、このキャンペーンは割に効果はあった気がする。

疲労がたまると、普段ポジティブに生きていても、どうしても心にも体にも澱(おり)が溜まってくる。それを、きれいな水ですすぐようなきもちになれたというか。

澱の存在は否定しないけれど、1日の終わりによいことを指折り振り返ることで、透き通った水で流していく感じ。

この方法は、澱(=ネガティブな人間関係やできごと)の存在は、無視もせず、かと言ってむりやり肯定もせず、というフラットな姿勢で一旦放置するのもポイントかもしれない。

変えられないことはそのままに、自分の「スタンス」「視点」「捉え方」「関わり方」を変えるということにつながる。

大きいものから小さいことまで「よいこと」へのアンテナを研ぎ澄ますので、見える世界も徐々に変わるし、そこからさらに、よいこと/そうでないことに対して捉える意識とその行動も自然と変わる、という期待効果があるんだろうなきっと。

思い出した都度でいいから、もうちょっとだけ、続けてみようか。

 

参考:マーティン・セリグマンのポジティブ心理学 in TED

 

マイナスはプラス。

kajak in kanada

 

内容がプラスかマイナスかにかかわらず、何も経験しないより「ある」ことは貴い。それだけで。どんな出来事も経験も、いずれも自分の人生上の、糧として種として必ず残る。

どのようなかたちで記憶に刻むかは、自分次第。

つらく悲しい出来事でも、それを糧に大切ななにかに気づき、

自分自身の在り方や人間関係の築き方を見直すきっかけになるかもしれない。

そうしよう、と決めた瞬間に、きっとそうなる。

時間はかかるかもしれないけれど、いつかきっとそうすることができる。

 

最近気づいたのは、まったく経験しないよりは「ある」ほうがよいのは、ネガティブな経験だけでなく、一見マイナスの人間関係にも通じるということ。

わたしは、おかげさまで、家族をはじめ、生来ひととの縁には恵まれているほうで、いい意味でもわるい意味でも世間知らずだった。

自分なりには、悔しい思いも悲しい思いもしたし、いろんな出会いを通じてそれなりに経験も積んだつもりになっていたけど、今思えばまだまだ知らなかった。

それがここ数年、不思議と、今までなら付き合いがなかったような人たちと出会い、いっしょに過ごす機会があり。それなりに楽しかったけれど、なにかが違う。ずっと感じていた。

ある日、「なんだか、前よりまわりにネガティブな人が増えた気がする…」そんな気づきを得た。

それを受けて、先ずわたしが思ったこと。

「日頃のわたしの行いを見直したほうがよいのかな?」(見直さなくちゃ)

「わたしの、(その人に対する)コミュニケーション方法がまずいのかな?」(変えなくちゃ)

「自分が無意識にネガティブになっているのかな、大丈夫かしら」(気をつけないと)

 

何かうまく進まないとき、そのままでいることは不安になる。

そんなとき、自分自身を省みることはそれなりにはいいことだと思う。

でも、わたしの場合、結論からいうと、上記どの心配も杞憂だった。

「このひととの付き合いを通じて、また何か1つ学べる」、それだけでOKだった。

だって、見直したし、変えてみたし、気をつけたけれど、変わらない相手は変わらない。

気分屋な人もいるし、わがままな人もいるし、どうでもいいことを気にする人もいる。(他のひとから見たら、わたしもそう映ってるかもしれないけれど。いや映ってないかな〜。←どっち)

自分が選べる縁は自分の意志でいくらでも変えられるけれど、学校の同級生や仕事上のパートナーをはじめ、不可抗力で付き合わざるを得ない相手もやっぱりいる。

相手が変わらないなら、自分を変えよう!(ねじりハチマキ)

そう思って自分を努めて変えてみたけれど、やっぱり相手は変わらない。

そのうち、なんだかあほらしくなってきた。なんだこりゃ!なんのこった!(大の字)

で、いちいち自分を省みるのをやめてみた。

すっかり気が楽になったわたしに、ある日おりてきた気づき。

「そうか、ネガティブな人を通して、いろいろ考える機会をもらったんだな」

それだけ。経験はただの経験、いちいち反省しなくていい。

会わ「ない」に越したことはないかもしれないけれど、そのひととのご縁をもらったということは、何かしらの気づきが「ある」ということ。

そして、あとからその何かに気づいてその時点で省みれば十分で、その過程のなかでいちいち重く受けとめる必要はない。シンプルに生きていればいいんだなあって。

 

今日のひとこと:

こうやって書いてみると、わたし、意外とまじめなんじゃ!(自画自賛)